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デリート・AI ~それは現代の歪みか、それとも古代からの怪異なのか~  作者: ノブサダ


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第3話 虹

 校門を出る頃には、雨はかなり弱くなっていた。

「今日は本当に変な天気だったな」

 陽斗が言った。

「ちょっと前まであんなに晴れてたのに」

「そうね」

 二人は並んで歩く。


 やがて、道の向こうに小高い丘が見えてきた。

 その上に広がる緑。

 ――作(つくり)山(やま)古墳。

 岡山県では第2位、全国では第10位の大きさの古墳だ。

 陽斗がふと足を止める。


「そういえば最近、この古墳の発掘調査があったらしいな」

「そうね。こないだニュースでやってたわね。」

「確か、千五百年以上昔に作られたんだってな」

「そんなに昔なんだ」

「誰が埋葬されたのかは、はっきりとは分かっていないみたいだけど」

「こんなに大きいのに……」

藍は古墳を見上げた。

「名前も残っていないなんて、なんだか不思議ね」

「……確かに」

 二人の間に、少しだけ沈黙が流れた。

風が吹き、草木がささやくように少し揺れる。


 藍がぽつりと言った。

「人が死んだら、どうなるんだろうね」

「え?」

「何もかも、なかったことになるのかな」

 陽斗は少し考える。

「そんなことはないだろ」

「……」

「少なくとも、誰かの記憶には残るだろ」

「そうね」

 藍は微笑む。

「だけど……、周りの人も、やがて自分のことを忘れて」

「……」

「いつか、自分を思い出す人がいなくなったら……」

 藍は古墳を見つめながら言った。

「その時が、本当の意味で、その人が亡くなった時なのかな」


 陽斗はすぐには答えられなかった。

「……難しいな」

「うん」

「でも……確かに、そうなのかもしれない」

「自分のことを覚えている人が、この世から一人もいなくなった時を想像すると……」

 藍は少しだけ俯く。

「何だか寂しいし、怖い気がする」

「……」

 陽斗はしばらく考えた。

 そして、ゆっくり口を開く。


「……でも、逆に言えばさ」

「うん?」

「自分が死んでも、誰か一人でも、自分のことを覚えていてくれる人がいれば……」

 陽斗は藍を真っすぐ見て答える。

「生きていることになるんじゃないかな」

「……」

「その人の、心の中で」

 藍は少し目を丸くした。

 そして、柔らかく笑う。

「そうだね」


 少し間を置いて、

「……なんか急に難しい話しちゃって、ごめんね」

「いや」

 陽斗も笑った。

「たまにはいいんじゃない?」

「ふふっ」

 二人は再び歩き出した。


 しばらくして、藍が何気ない口調で言った。

「ねえ」

「ん?」

「もし私が死んだら、陽斗くんはいずれ私のこと忘れちゃう?」

「……何言ってるんだよ」

 陽斗は少しむっとした声で答える。

「忘れるわけないだろ」

「ふふっ」

「何で笑うんだよ」

「どうかしらね」

「え?」

「案外、すぐに次の彼女できてたりして」

「バカいうなよ。……そういう藍だって。」

「あら?」

 藍が楽しそうに笑う。

「私はそんなことしないわよ」

「本当か?」

「……私は、ね」

「私は、って何だよ」

「ふふっ」

「おい」

「だって」

 二人で笑う。


 ふと、藍が足を止め、空を見上げる。

「……あ」

「どうした?」

 陽斗も立ち止まる。


 いつのまにか、雨は上がっていた。

 雲の切れ間から、光が差し込んでいる。

 空には、大きな虹が架かっていた。


「……きれい」

 藍が呟く。

 七色の光が、雨上がりの空を彩(いろど)っていた。

「……きれいだな」と陽斗。

「あと何回、こうして一緒に虹を見られるのかな」

藍がぽつりと言う。

「……」

 陽斗は少しだけ考えた。

 それから、笑って答えた。

「何回でも見られるよ」

「本当に?」

「ああ」

 陽斗は虹を見上げる。

「これからも、きっと」

 藍も笑った。

「……うん」

 二人はしばらくの間、静かに虹を眺めていた。

     ◇

 その夜。

 藍は奇妙な夢を見た。

 見知らぬ男女が、聞いたことのない言語を話している。

 男女は、夕方の公園を散歩している。


「...Fa un pauc freg, non?(……少し寒くなってきたわね)」と女は肩をすくめる。

「Que òc. Es aital.(ああ。そうだな。)」男はそう言ってそっと女の肩に手を回す。

二人は寄り添うようにしてゆっくり歩く。


「...Un (……あ)」

「Qué passa?(どうした?)」

「Agachar. ...Una luna creissenta.(見て。……三日月。)」

「As rason. ...Es bèl.(本当だ。……きれいだな。)」

オレンジ色の空には、細くて白い三日月がうっすらと浮かんでいた。


  ――どこか遠い国の言葉。聞いたことのない音。

 なのに、藍には意味が分かる。

 不思議だった。

 まるでずっと昔から知っていた言葉のように。


 二人はとても親しそうだった。

 ――公園の出口が見えてきた、その時。

 女が突然、胸元を押さえる。


「Urgh...!(うっ……!)」

「Luna?(リュナ?)」

 女が激しく咳き込む。

「Sètz plan?(大丈夫か?)」

「Sètz plan...(大丈夫……)」

「Te botes pas tròp fòrt(無理しないで)」

 男は女の背中をさする。

 女は苦しそうに息を整える。

「Perdon…(ごめんなさい……)」

「Avètz pas besonh de vos excusar(謝らなくていい)」

「Mas…(でも……)」

「Es pas ta fauta(君のせいじゃない)」

 男はそう言って、優しく微笑んだ。

 しかし、その表情はどこか寂しそうだった。


 そして――

 夢が途切れる。

     ◇

 藍は目を覚ました。

 暗い部屋。カーテンの隙間からは、月明かりが差し込んでいる。

「……夢か」

 藍はゆっくりと身体を起こした。

 胸に手を当てる。

 なぜか、胸の奥がざわつく。

「……変な夢」


 しばらく考える。

 あの二人。

 あの場所。

 そして――

 あの言葉。

「……聞いたことがない言葉だったけど」

 藍は首を傾げた。

「どうして意味が分かったんだろ?」


 藍は胸のざわつきを鎮(しず)めるようにカーテンを開け、外を眺めた。

 窓の外では、街が静かに眠っている。


 藍はまだ知らなかった。

 今見た夢が――

 やがて自分の人生と、深く繋がっていくことを。


 夜空に浮かんだ弓張月(ゆみはりづき)が、藍の横顔を琥(こ)珀(はく)色に照らしていた。

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