04
あれから、レオンとの謁見は何度か繰り返された。そのたび、レオンはひとつ、リーリエに贈り物をくれた。二回目と同じく菓子を持ってくることもあれば、小さなバレリーナのついた小物入れ、ごく薄いが、美しい風景の画集など、嵩張りはしないが手に残るものであることもあった。
ひとつ、ひとつとリーリエの私室にものが増えていく。リーリエは祈りの合間にそれらを眺めた。
特にリーリエがお気に入りだったのは、レオンが自ら海辺で拾ったという貝殻だった。
「海は、どんな音がするのかしら」
リーリエは指先で貝殻を撫でながらひとり呟いた。この貝殻をレオンが渡してくれた時、貝殻を耳に当てると、海の音がするのだと教えてくれた。しかし、リーリエがそうしてみても波の音らしき音は分からなかった。
「リーリエ様」
私室でそうして過ごしていると、神官に声をかけられた。
「最近、どうなさいましたか。心ここにあらずといった様子を、皆が心配しています」
「え……?」
リーリエは貝殻から手を放し、口元に手を当てた。思いがけない言葉だった。
「もしや何かリーリエ様のお心を曇らせることがあるのではないかと……。セドリック様にはまだ報告していませんが」
「そんな……、そんなことはございません。祈りだって、今まで通りにやっています」
言い募るリーリエはどこか必死だった。だが、神官はゆっくりと首を横に振った。
「祈りに今まで通り、などありません。一度一度が特別な一回なのです。そのような言葉、以前のリーリエ様ならば決しておっしゃりませんでしたよ」
はっとして、リーリエは黙り込んだ。何も言えなかった。聖女としての役目を蔑ろにしたつもりは無い。けれど、レオンから贈られた品々を眺める時間が増えた。時間があるとき思い出すのは祈りや神のことではなく、レオンの話だった。そんな小さな変化を、神官たちは正確に見抜いていた。
「リーリエ様。どうかご自分のお立場をお考え下さいませ。貴方様は、この神殿で最も尊い方なのです」
神官はそれだけ告げて去っていったが、しばらくリーリエは動かなかった。じっと一点を見つめた後、やがて貝殻を、引き出しの奥にしまい込んだ。
「あれ、聖女サマ、なんか元気ない?」
次の謁見の時、レオンは何気なくそう尋ねた。
「いえ、そんなことはありません」
リーリエはいつもよりも背筋を伸ばして答えた。微笑みは美しく、一分の隙も無い。
「そう? じゃあ、今日はこれ」
レオンは追及しなかった。ただ、懐から一本の赤い薔薇をリーリエに差し出した。
「プリザーブドフラワーって言うんだ。枯れない薔薇。知り合いに大量に貰ったんで、一本お裾分け」
リーリエは少し迷ってから、その薔薇を受け取った。レオンの目が、きらきらと輝いてこちらを見つめている。リーリエの言葉を、待っているのだ。
「……綺麗ですね」
リーリエは目を伏せて、それだけ言った。普通のドライフラワーとちがって、この薔薇は生花のように鮮やかな赤色をしていた。リーリエにとって、目の覚めるような赤は、レオンの色だった。薔薇を傷つけないように、優しく茎の部分を握る。だが、それだけだった。照れもしなければ、笑いもしない。それらは、聖女には必要ないことだから。
「…………思えば、聖女サマなんだから、花なんて腐るほど貰ってるか!」
じっとリーリエを見ていたレオンが、軽い調子で笑った。思ったような反応ではなかったのだろう。しかし、落胆している様子は見せなかった。
もし、リーリエが普通の女の子だったら。お裾分けとは言え初めて人に薔薇を贈られたとき、どう答えただろう。リーリエは、考えるのをやめて口を開いた。
「いいえ。でも、このように贈り物ばかりを貰うわけにはいきません。……聖女の私室に、ものがあふれてしまうもの」
「そっか」
レオンは唇にいつもの軽薄な笑みを浮かべて、頷いただけだった。
「じゃあ、今度からは控えるよ」
「……はい」
喉に言葉が引っかかるような違和感を覚えながら、リーリエはうなずいた。




