03
日常は、目まぐるしく過ぎ去っていく。謁見に訪れる人間は、何もレオンばかりではない。
人々は、だれにも言えぬ悩みを抱えてリーリエのもとを訪れた。リーリエはそれらに丁寧に向き合い、祈りを贈る。リーリエが死ぬまで繰り返すだろうルーティーン。そこに、異物が一滴。
「よっ、元気にしてたか聖女サマ」
レオンは、前回と同じ調子で現れた。
「レオン様。私は変わりありません」
「そりゃ、良かった! 俺は今日、街で面白い菓子を見つけたぜ」
リーリエのそっけない返事をものともせず、レオンは目尻にしわを寄せた。
「面白い菓子ですか?」
「ああ。こないだ好きなものを聞いたとき、分からないって言ってただろ。だから、街で女子供に人気の菓子なら、あんたもひょっとして気に入るんじゃないかって」
そういうとレオンは、後ろに隠していた手を、リーリエの前に突き出した。手に、木の棒が握られている。その先端に、ちょこんとかわいらしい白うさぎがついていた。
「じゃーん。持ってきたんだ。飴細工って言うんだってさ。これ、食えるんだぜ」
差し出された飴に、リーリエの視線がくぎ付けになった。ぽってりと丸いボディは柔らかそうで、とても飴には見えない。ふたつのつぶらな瞳が、リーリエを見つめていた。心の柔らかい部分を擽られるような、妙な感覚がした。だからだろうか、リーリエは、差し出されるままについ、それを受け取ってしまった。
「……ぶはっ」
リーリエがあまりにまじまじと飴細工のうさぎと見つめ合っているから、レオンが耐えきれないといったように噴き出した。はっとしてリーリエがレオンに視線を移すと、レオンは体をくの字におりまげて、笑いを耐えていた。
「レオン様」
咎めるように名を呼べば、レオンが笑い出す。しばらく笑って、浮かんだ涙を拭いたレオンは、リーリエにやさしく囁いた。
「食ってみろよ」
「食べる、って。この子を?」
レオンは再び笑い声をあげた。それをじとりとみてから、リーリエはそっと、うさぎに唇を触れさせた。
「……甘い」
ぺろりと舌で舐めてから、もう一度口に含んでみる。素朴な甘みが、じんわり口腔に広がった。
「飴だからな。どう? 悪くないだろ」
リーリエはその言葉に、こくりとうなずく。好きか、と聞かれれば首を傾げるしかない。けれども、少なくとも、嫌じゃない。少しずつ形を失い小さくなっていくうさぎに切なさを覚えたけれど、舌に広がる甘さが余計に強くなった気がした。
「ありがとうございました、レオン様。貴重な経験をしました」
すっかり食べ終えて、リーリエは改めてレオンへ感謝の言葉を述べた。レオンはわずかに眉を顰めて笑った。
「いいや。飴なんか、貴重な経験って言うほどじゃない。……でも、俺も楽しかったよ」
「楽しい……?」
レオンはうなずいた。歯を見せて笑うと、とたんに子供のように見える。
「ああ。あんたの反応は、見てて飽きない。混じりけが無い」
「話を聞いたわけでも、祈ったわけでもないのに……ですか」
リーリエには理解が出来なかった。常にリーリエは、求められる側の人間だった。そんなリーリエに何かを与えて楽しむ人間が、いるなんて。
「……なあ、また色々持ってきてもいい?」
レオンに伺うように聞かれて、少し考える。いいのだろうか、こんな風に過ごして。けれど、レオンはそれが楽しいという。民の安寧を祈るのが仕事なのだから、ではこれは正しい行いだろうか。
結局、リーリエは再びうなずいた。聖女として、あっているかは分からなかったが、うれしそうなレオンの顔を見ていると、後悔の気持ちは湧いてこなかった。




