02
謁見が終わるころには、リーリエはすっかりぐったりとしていた。
「好きなものは?」
「今まで一番楽しかった思い出は?」
「犬と猫ならどっちが好き?」
矢継ぎ早に繰り出される質問は、どれも考えたことのないことばかりだった。しかも、その答えは誰かのために考えるのではなくて、己を見つめなければ出てこない。質問するレオンの目は妙に真面目で、だからリーリエもつい、真剣に質問に答えようとしてしまった。一つ答えるのに五分はかかるリーリエに、レオンは苦笑を漏らしていたけれど。
特に頭を悩ませたのは、「好きなものは何か」という質問だった。聖女らしいものならわかる。相応しい振る舞い、優先するべきこと。
けれど、リーリエ自身の好みとなると、途端に分からなくなった。結局、首を横に振るしかないリーリエに、レオンは何も言わなかった。
そんなわけで、リーリエは私室に戻った後、椅子に座りこんで立てないでいる。慣れないことをしたせいで、全身が凝り固まっているようだった。だが、不思議と不愉快な時間ではなかった。
コンコンコン。
私室に、ノック音が響く。
「はい」
リーリエは慌てて背筋を伸ばして返事をした。扉が音を立てずに開いて、入ってきたのは長身の男だ。リーリエとは異なるが、装飾が豪華な聖衣を纏っている。神官長、その人である。二十八歳の若さでこの神殿の長を務めている。彼を見た瞬間に、ぱっとリーリエの顔が明るくなった。
「セドリックお兄さま……!」
「やあ、リーリエ。神官たちにお疲れだと聞いて、心配で見に来たんだよ」
お兄さま、とリーリエは呼ぶが、実際に血のつながりがあるわけではない。セドリックは、神殿と結びつきが強い貴族の出身である一方、生まれたときから聖女だったリーリエに身寄りは無い。だが、彼は幼い時からリーリエのそばにいて、ともに神殿で育った。リーリエにとって、セドリックは家族そのものだった。
「心配をかけてごめんなさい。少し疲れただけよ」
セドリックは、リーリエの頬に手を添えて、優しく親指で撫でる。
「何かあったのかい。珍しいだろう、君がこんなふうになるなんて」
「謁見があっただけですわ」
リーリエが目を閉じながら答えると、セドリックは、思い出すように宙を見た。
「謁見……というと、今日はエルハルト家の方が来る予定だったかな」
「はい、三男のレオン様がいらっしゃいました」
「ああ……あの。何か、嫌なことを言われたりしていない?」
あの、というセドリックにはどこか含みがあった。理知的な瞳が、リーリエを見透かすように近づいてくる。額を合わせ、至近距離でのぞき込まれると、リーリエは何もかもを隠せないような気持ちになる。……とはいえ、隠すようなものも無いのだが。
「いいえ、お兄さま。嫌なことは言われていません。……レオン様には、何かあるのですか?」
「いや、問題というほどではないよ。ただ、エルハルト家といえば、騎士の一族だが……彼は自分で商売を起こして、派手に遊び歩いているという。奔放な彼に、振り回されていないかと心配になってね」
「問題になるようなことは、ありませんでした。……少し、寝不足で疲れているだけです」
リーリエはほんの少し、言葉を選んだ。嫌なことを言われていないのは事実だが、疲れているのは確実に今日の謁見のせいだった。だが、素直に今日の話をすれば、きっとセドリックはいい顔はしない。神殿の権威を軽んじられることを、神官長の彼は許さないだろう。すべてを話せば、リーリエばかりか、レオンまで叱られかねない。
「そう……?」
セドリックはしばらくリーリエを見つめていたが、やがて体をリーリエから離した。
「分かったよ。午後の祈祷はどうする? 休むというならば、調整しておくけれど」
「出席します。セドリックお兄さまとお話したら、元気になりましたもの」
リーリエははにかむと、遠慮がちにセドリックの手を握った。怒ると怖いのは事実だが、リーリエを心配してきてくれたのもまた事実だった。忙しい合間を縫って会いに来てくれた気遣いは、素直にありがたい。
「まったく君という子は。……でも、それなら来た甲斐があったよ」
呆れた声音だったが、リーリエが手を握ると、セドリックは優しく握り返した。暫くそうしていたが、ふと腕時計に目を落としたセドリックはそっと手を解く。
「名残惜しいが、そろそろ戻らなければ」
「はい、お兄さま」
リーリエも、引き留めずに見送った。神職としての仕事のほかに、神殿の運営から、果ては政治まで、セドリックの業務は多岐にわたるという。
リーリエもひとつ息をついてから、祈祷の支度を始めた。




