25
セドリックの執務室は、聖女の私室からはやや離れた位置にあった。扉の前に立つと、どこか緊張を覚えながら、扉を叩く。
「……神官長さま。ラリアです」
「どうぞ、入ってください」
セドリックの声に、扉を開ける。彼は本に囲まれた壁の奥、どっさりと書類の乗った執務机の前に座っていた。ラリアを見れば立ち上がり、手前のソファに座るよう促す。
「やあ、よく来てくれたね。本来は僕が君の部屋に行くべきなんだが、なかなか時間が取れなくて」
「いいえ、私の件のせいでしょう?」
「君の問題ではないよ。神殿が隠していたせいだ。だから、君が気に病む必要はない」
セドリックはラリアの向かいのソファに腰掛けた。
「どうかな、なにか困ったことや、疑問はあるかい」
「大丈夫です。皆さん良くしてくださいますから」
セドリックは、そのセリフにほっとしたように微笑んだ。以前見かけた時より、随分痩せた。ラリアの件で降り掛かる問題の殆どに、セドリックが対応しているせいだろう。けれども、その微笑みはどこか以前より穏やかに見える。
「お兄さまこそ……大丈夫なのですか?」
「人生で一番忙しいよ。正直、寝る時間も惜しい」
まあ……、とラリアは声を漏らした。こんな風にセドリックの弱音にも似た言葉を聞くのは初めてだった。
「やっぱり、お邪魔だったかしら」
「いいや」
首を横に振ると、じっとラリアを見つめる。
「君が僕の原動力だから。だから、寝るよりも顔を見る方がずっと元気が出るよ。ようやく、それを思い出せた」
ラリアも、じっと見つめ返した。神殿を出れば、こうして会いに来ることも難しくなる。
「……海、レオン様と、新しい生活に慣れたら行こうと考えているんです。その頃には、多分少し神殿も落ち着いているでしょう? お兄さま……、もし、もしも良ければ」
一緒に、行きませんか。その言葉がこぼれる前に、セドリックが首を横に振った。口元には優しい微笑みが浮かんでいるが、明確な拒絶だった。
「…………そう、ですか」
落胆が声に滲む。けれど、セドリックがどれほど頑固な人間かはよく知っている。こういう時のセドリックは、引き摺ったって動かない。
「ラリア。君の人生は、これから広がっていく。僕は、ここで、それが楽しく豊かであることをずっと祈っているよ」
ふと、ラリアはその声に、ようやく実感が湧いた。
聖女が居なくなった今、セドリックはこの神殿の唯一の頂点だ。そして、聖女の身分を失ったラリアは、ただの平民でしかない。ラリアは神殿の"外"の人間になる。
もう二度と、セドリックには会えないのだ。
「お兄さま……っ」
「うん?」
ラリアが、涙混じりにセドリックを呼ぶと、セドリックが優しく頷いた。
「大好きです。遠くに行っても、ずっと、ずっとお兄さまは私のお兄さまです」
涙が止まらない。セドリックの手が少し迷ってから、ラリアの頬を撫でる。
「ああ。……愛しい僕の妹。どうか幸せで」
慣れた仕草で親指が涙を拭って、離れた。




