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聖女を巡る騒動は、一時は国を揺るがす程の大騒動になった。結局、上層部でどういう話し合いが行われたのかは分からないが、聖女の神託が無かったのは今代から、という事になったらしい。前代までの聖女の働きと献身を考えれば、それで良かったとラリアは思う。
大体の罪が先代の神官長に擦り付けられていく様は、僅かに哀れみを覚えた。しかし、先代神官長も既に天に登った身、魂は天の国で安らかに過ごしていることだろう。
意外だったのは、ラリアが聖女では無い、と聞いてからも、神官はみな、ラリアが神殿に留まることを望んだことだった。
「神託が無くとも、私にとってはリーリエ様は聖女様です」
そうまで言い出す者まで居て、ラリアは説得に骨を折った。
「もし、受け入れてくださるなら、どうか、私の門出を祝ってください。どこにいても、私も皆様を思いますから」
そう告げれば、何人かの神官は涙を流していた。奇妙な心地でそれを慰めた。聖女らしくないラリアでも、彼女たちは惜しむのかと。
そして、数ヶ月の時が、走り去るように過ぎた。ラリアの旅立ちの日が、もう間もなくに迫っていた。
「よっ、ラリア!」
ラリアの私室に、レオンが訪れる。今度は窓からではなく、扉から。
「レオン様! どうぞ、入ってください」
ラリアの私室には、以前より物が減っていた。ベッドや机と言った家具たちが、殺風景な部屋に残されるのみだ。
レオンは椅子に腰掛けて、足を組む。
「随分寂しくなったな」
「殆ど、レオン様の家に運んでしまいましたからね」
聖女身分を失うラリアには、戸籍が無い。本来ならば路頭に迷うところであるが、レオンが身元保証人として、ラリアを引き受けることになったのだ。ラリアは知らされた時仰天したが、セドリックとレオンからすると当然の事だったようで、寧ろラリアの困惑に驚いていたようだった。ともかく、お陰でラリアはラリアとして新しい生活を始められる。
「……寂しい?」
「少し。ずっとここが、私の家でした。今後、神殿に来ることがあっても、もうここには入れませんからね」
レオンは眉を下げると、ぎこちなくラリアの頭を撫でた。そんなレオンを見ると、ラリアの心がふわふわとして、温かくなる。
「……でも、それ以上に、ワクワクします。新しい生活に。確か、仕事もしないといけないんでしたか」
「俺も商売してるし、人一人の面倒を見る甲斐性くらいならあるけど……、したいの?」
「はいっ! してみたいです。レオン様、教えてくださいますか」
「ラリアが商売かあ……」
レオンは不安そうに呟いたが、最終的には頷いた。
「ま、何事もやってみないと分からないしな」
にっと歯を見せて笑う顔を見て、ラリアも楽しそうに声を上げて笑った。
しばらく取り留めのない話で盛り上がった。レオンといると、ラリアはつい時間を忘れてしまう。ふと、少し気になっていたことを、レオンにぶつけてみた。
「レオン様。私の身元を引き受けてくださったこと、感謝しているのですが……。そうなるといよいよ、”今のところ”ではいられなくなりませんか」
「……分かってるさ」
レオンが笑う。どこか自嘲を含んだ笑みだった。
「それでも、アンタがほかのだれかと一緒にいて、俺の知らないところで新しい顔をするのは、嫌なんだ」
ちらりと伺うようにレオンがラリアを見る。ラリアの心臓が、跳ねた。
「つまりさ。アンタのためじゃなくて、俺のためだよ」
「レオン様……」
「今のところ、じゃなくて、ラリアと未来で話がしたい。俺なりの、覚悟のつもり」
ラリアはレオンに抱き着いた。レオンが慌てて抱き留めて、くるりとそのまま一周回る。
「それで、神官長には挨拶したのか?」
「いえ、このあとに伺うつもりです。お兄さま、すごく忙しいみたいで、会うこともなかなか……」
「まあ、そうだろうな。でも、挨拶の時間くらい、死ぬ気で作るだろ、アイツなら」
「そうだと、いいのですけど……。……やっぱり、お兄さまに会う前にレオン様にあえて良かったです。なんだか、元気が出ました」
ラリアはそういうと、立ち上がる。
「今から行ってきます。約束は取り付けてあるので」
「おう、行ってらっしゃい」
レオンに見送られて、ラリアは軽やかに部屋を飛び出した。




