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鳥籠聖女は海を知りたい  作者: 篠原まど


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「……で。落ち着いたかね? 神官長サマは」


 しばらくしてから、気まずそうにレオンが声をかけた。気を使って黙っていたのだろう。


「……えぇ。情けない姿を見せたね、リーリエ」


 セドリックは顔を上げなかったが、小さく頷いた。


「そういえば、お兄さま」


「うん?」


「リーリエ、というのは、聖女に贈られる名前でしょう。私、ラリアというのです。レオン様に、貰ったお名前です」


 ややあって、セドリックが顔を上げた。目は腫れて、全体が赤くなっていた。神官長としての威厳は見る影もない。


「ラリア」


 セドリックが、そっと名を呼んだ。


「海の名だね。いい名前だ」


 素朴な微笑みは、かつてのセドリックを思わせる。ラリアは大きく頷いた。


「はい、お気に入りの名前です……っ!」


 二人の様子をしげしげと眺めいたレオンが唸った。


「それにしても……、すごい変わりようだな。俺が来た時は今にも暴力沙汰になりそうだったのに」


 その言葉に、はっとセドリックがラリアを見る。


「そうだ、リ、……ラリア。掴んだところ、痛くなかったかい」


「はい、お兄さま。大丈夫です」


 セドリックがラリアの腕を検分するように見ていく。僅かに赤くなっているところを見て、眉を顰めた。


「後で薬を持ってくるから、塗るんだよ」


「心配し過ぎですよ。あと少ししたら、跡も消えます。けれど、レオン様が来てくれて本当に助かりました。謁見は無かったから、てっきりいらっしゃらないものだと」


 大抵レオンが訪れるのは、ラリアとの謁見があった日の夜だった。ラリアが首を傾げると、レオンが頭をかいた。


「うん、書類を読んだら、胸騒ぎというか……いても立っても居られなくなってさ。まさかこんなことになってるとは思ってなかったけど」


「…………もしかすると」


 セドリックが口を挟んだ。


「神の思し召しかもしれません。神殿は、神が聖女与えなくなってからも、聖女という制度を利用してきた。それを、いい加減正せと。レオン殿が今日来ることになったことも、全て」


「お兄さま……?」


「ラリア。いつか、海が見たいと言っていたね」


 セドリックの言葉にラリアは瞬きをした。確かに言った。そしてセドリックは、ラリアのために大きな海の絵を用意してくれた。とっくに終わった昔の話を、今何故持ち出すのだろう。

 不思議そうなラリアにかすかにセドリックは笑った。どこか、苦しげな笑い方だ。


「……聖女であり続ける限り、自由に外出は出来ない。けれど、……これを明らかにすれば、君は聖女では無くなる」


「それ、は……」


「どうしたい、ラリア。君は、外に出たいかい」


 ラリアは戸惑ったようにセドリックを見つめ、それから、レオンを見た。目が合うとレオンは眉をあげたあと、緩く首を横に振った。


「アンタが考えるんだ、ラリア。どっちを選んでも、俺はアンタの味方だよ。だが、……これは自分で決めなきゃダメだ」


「私……、私は……」


 ラリアは口篭った。ラリアは、聖女では無い。だとしたら、ラリアの想いは。


「……見てみたいです。海を、この目で。屋台にも、行ってみたい。レオン様と、町を歩いてみたいです」


その言葉を聞いて、レオンが眉を寄せて笑った。


「いくらでも。ラリアがまだ知らない面白いもん、飽きるほど見せてやるよ」


 セドリックもまた、柔らかい表情のまま頷いた。


「分かったよ。じゃあ、そうしよう」

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