23
「……で。落ち着いたかね? 神官長サマは」
しばらくしてから、気まずそうにレオンが声をかけた。気を使って黙っていたのだろう。
「……えぇ。情けない姿を見せたね、リーリエ」
セドリックは顔を上げなかったが、小さく頷いた。
「そういえば、お兄さま」
「うん?」
「リーリエ、というのは、聖女に贈られる名前でしょう。私、ラリアというのです。レオン様に、貰ったお名前です」
ややあって、セドリックが顔を上げた。目は腫れて、全体が赤くなっていた。神官長としての威厳は見る影もない。
「ラリア」
セドリックが、そっと名を呼んだ。
「海の名だね。いい名前だ」
素朴な微笑みは、かつてのセドリックを思わせる。ラリアは大きく頷いた。
「はい、お気に入りの名前です……っ!」
二人の様子をしげしげと眺めいたレオンが唸った。
「それにしても……、すごい変わりようだな。俺が来た時は今にも暴力沙汰になりそうだったのに」
その言葉に、はっとセドリックがラリアを見る。
「そうだ、リ、……ラリア。掴んだところ、痛くなかったかい」
「はい、お兄さま。大丈夫です」
セドリックがラリアの腕を検分するように見ていく。僅かに赤くなっているところを見て、眉を顰めた。
「後で薬を持ってくるから、塗るんだよ」
「心配し過ぎですよ。あと少ししたら、跡も消えます。けれど、レオン様が来てくれて本当に助かりました。謁見は無かったから、てっきりいらっしゃらないものだと」
大抵レオンが訪れるのは、ラリアとの謁見があった日の夜だった。ラリアが首を傾げると、レオンが頭をかいた。
「うん、書類を読んだら、胸騒ぎというか……いても立っても居られなくなってさ。まさかこんなことになってるとは思ってなかったけど」
「…………もしかすると」
セドリックが口を挟んだ。
「神の思し召しかもしれません。神殿は、神が聖女与えなくなってからも、聖女という制度を利用してきた。それを、いい加減正せと。レオン殿が今日来ることになったことも、全て」
「お兄さま……?」
「ラリア。いつか、海が見たいと言っていたね」
セドリックの言葉にラリアは瞬きをした。確かに言った。そしてセドリックは、ラリアのために大きな海の絵を用意してくれた。とっくに終わった昔の話を、今何故持ち出すのだろう。
不思議そうなラリアにかすかにセドリックは笑った。どこか、苦しげな笑い方だ。
「……聖女であり続ける限り、自由に外出は出来ない。けれど、……これを明らかにすれば、君は聖女では無くなる」
「それ、は……」
「どうしたい、ラリア。君は、外に出たいかい」
ラリアは戸惑ったようにセドリックを見つめ、それから、レオンを見た。目が合うとレオンは眉をあげたあと、緩く首を横に振った。
「アンタが考えるんだ、ラリア。どっちを選んでも、俺はアンタの味方だよ。だが、……これは自分で決めなきゃダメだ」
「私……、私は……」
ラリアは口篭った。ラリアは、聖女では無い。だとしたら、ラリアの想いは。
「……見てみたいです。海を、この目で。屋台にも、行ってみたい。レオン様と、町を歩いてみたいです」
その言葉を聞いて、レオンが眉を寄せて笑った。
「いくらでも。ラリアがまだ知らない面白いもん、飽きるほど見せてやるよ」
セドリックもまた、柔らかい表情のまま頷いた。
「分かったよ。じゃあ、そうしよう」




