26
旅立ちの日は、秋晴れの爽やかな陽気だった。
「準備できたか、ラリア?」
「はい、出来ました」
ラリアが頷くと、小さなカバンひとつを持ち上げて、扉に向かった。神官たちに見送られながら、神殿の門までやってくる。
門前に、大きな黒い馬車がひとつ。いつも、誰かが来る時に見かけていた。
「これは……?」
「俺たちの足だよ」
「乗るのですか……!?」
ぎ、と音を立てながら、御者が馬車の扉を開く。赤い絨毯と、ふかふかの椅子が見えた。
「ははっ! 表情は随分増えたけど、まだまだ世間知らずだな」
レオンが可笑しそうに笑い声をあげて、それから手を差し出した。
「さ、ラリア。手を取ってくれ。エスコートは知っているか?」
ラリアは笑うレオンを眺めてから、手を差し出した。細い手がレオンの無骨な手に重なり、しっかりと握りしめられる。
馬車に乗り込もうとした時、ラリアはふと、後ろを振り向いた。
神官たちの奥、一番後ろに、見慣れた銀髪が見える。衝動的に駆け出して、抱きつきたい気持ちが湧いた。ぐっと耐えて、頭を下げる。
「……長い間、お世話になりました」
それだけ告げて、馬車に乗り込む。椅子に座って、扉が閉められた瞬間に、また涙が零れた。
悲しい訳じゃない。痛い訳でもない。これからが楽しみで仕方ないのに、胸が引き裂かれるようだった。
「……ラリア」
レオンが、ラリアの肩をそっと自分の方へ寄せた。
「ごめん、なさい……、止まらなくて……」
「家族との別れが寂しいのは当然だろ。好きなだけ泣け泣け」
レオンがそんなことを優しく言うものだから、ラリアの涙は余計に溢れて止まらなかった。
ガタガタと音を立てて二人を乗せた馬車が神殿から遠ざかっていく。
──この世界に、魔王はいない。そして、聖女も。けれど、ラリアという少女が、今日ここから生きていく。




