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「え……?」
意表を突かれて、間抜けな声が漏れた。
「レオン様、聖女はいないって、どういう意味ですか?」
レオンは一瞬、顔を顰めた。罪悪感に駆られたような、痛ましいものを見るような目でラリアを見る。
「ごめん。本当は、こんな形じゃなくてきちんと伝えたかったんだけど」
「……違う」
呻くように、セドリックが口を開く。
「聞くな、リーリエ! こいつは神を冒涜する異端者だ!」
「…………証拠ならここにある。聖女についても、聖女が生まれなくなってから、神殿が聖女を"作り出す"ようになったことも、ここに書いてある」
ラリアは、聖女として生まれた。生まれてからこれまで、自身が神に遣わされた使者と信じ、人々のために祈りを捧げてきた。
「……読ませて、ください」
弱々しくラリアが告げると、レオンが封筒を渡してくれた。ラリアは書類を広げ、目を落とす。
『──第五十二代以降、聖女への神授、確認されず。数代にわたり同様の事態続く。
聖女制度の廃止は神殿の権威失墜に直結す。よって以後は、先代崩御と時を同じくして生を受けし女児より適性ある者を後継とし、対外的には従来通り「神託による選出」と説明するものとする。
本覚書の存在、聖女本人には──』
ラリアは、その場にしゃがみ込んだ。顔をあげると、レオンが、暴れるセドリックを抑え込んでいる。
「……知っていたの、お兄さま」
耳の奥で、わんわんと何かが鳴っている。足元から崩れるような感覚に耐えながら、言葉を絞り出した。
「全部知っていて、あんなことを言ったの? 唯一の味方って……、私を閉じ込めたのはあなた達なのに……!」
「…………」
セドリックの抵抗がやんだ。だらりと体の力が抜けて、呆けたようにラリアを見ていた。
「…………ああ」
やがて、短い肯定。
「知っていた、全て」
セドリックは肩を落とした。レオンが手を離しても、もう暴れなかった。長旅を終えた老人のように座り込み、口を開いた。
「……先代の後を継ぎ、神官長となった時、君が神によって選ばれた聖女では無く、ただの無辜の少女であると、知らされた。だが、……それでも、君は聖女だ。例え神が定めた訳ではなくとも、神殿が決めた、この国唯一にして至上の聖女」
セドリックは、両手で顔を覆った。
「……この国は歪んでいる。例え聖女と言えど、碌に情操教育も受けさせず、祈りのために人生を費やさせる。例え神がそう定めたのだとしても──、昔は、僕にもそう思っていた時期があった」
幼き日々、確かにセドリックは、ラリアを見ていた。小鳥を育てた思い出も、そのひとつなのだろう。
「だが、真実を知った時、思ったよ。寧ろこれは、優しさなのだと。……一人の人間の人生を潰すことを、神殿は容認した。聖女となった人間は、ほとんどを神殿で過ごし、一生を終える。ならば、外への興味を持たせることは、かえって聖女を苦しませるだけだと」
手が、顔から剥がれていく。セドリックは顔を上げて、視線をラリアからレオンへ移した。空虚な瞳が、レオンを見つめる。
「……実際、リーリエは、不満を持っていなかった。外に行きたいと言い出したことも無かった、お前が来るまでは」
「そんなもの、都合よくラリア……、聖女を使うための方便だ」
「神殿に居れば、飢えることも、蔑まれることもない。一生を安泰に過ごせる。ここに居れば、不幸せにならない。お前が真実を突きつけなければ、少なくともリーリエはこんな風に傷つかなかった」
体を丸めてそう言うセドリックの体は、随分小さく見えた。なんでも知っている頼れる兄でも、ラリアを支配し奪う恐るべき存在でもなく、今のセドリックは謁見に来てラリアに悩みを話す民と同じだった。
「…………お兄さま」
ラリアは立ち上がり、セドリックに近づいた。




