20
骨の軋むような音がして、セドリックの手がラリアから離れた。
「っ、部外者が、なぜここに……!」
「ラリア、大丈夫か?」
険しい顔でレオンを睨むセドリックを無視して、レオンはラリアを振り返った。ラリアはこくこくと頷く。
「は、はい。私は平気です。でも、レオン様、どうして……」
レオンは質問には答えなかった。ただ、ちょうどラリアを背に庇うように、二人の間に割って入る。
「よお、神官長サマ。あんた、いくらお偉い立場とはいえ、聖女サマにむかってちっと乱暴すぎるんじゃねえの」
セドリックは、一瞬顔を赤くした。ぎり、と奥歯を噛み締める音が響く。
「……貴方こそこんな夜に聖女の私室に無断で立ち入るなど、許されることではありませんよ」
「許されないねえ。嫌がる聖女サマを乱暴に掴んで引きずるのはいいの」
「これは教育です。それよりも、神殿に無断で忍び込むのは神殿に対する反逆──」
「私が、呼んだのです……っ! レオン様に許可しました」
セドリックの動きがピタリと止まった。ラリアに目線が移る。しばらく、黙って、それからゆっくりと唇の端が持ち上がっていく。
「そうか。リーリエを誑かしたのはこの男か」
セドリックの動きに、妙に余裕が戻った。腕を組み、ラリアとレオンをじっくりと観察する。
「おかしいと思っていた。あのリーリエが一人でこんな風に変わるわけがないからね」
セドリックの顔に浮かぶ笑みは優しげだった。神官長に相応しい、穏やかで何もかもを許すような。けれどその口から出る言葉は残酷だった。
「いくら聖女の許可があったとて、深夜に神殿に忍び込んだとあっては、責を問われるのは避けられないでしょう。裁判か、異端審問か……」
ラリアは顔色を無くして、よろめいた。セドリックの目が、そんなラリアを捉える。
「君のせいだよ、リーリエ」
愛娘のいたずらを叱るような口調だった。
「外のものに情を移していいことは無いと分かっただろう。……とはいえ、僕は君を苦しめたい訳じゃない。二度とこの男と会わないと誓えるなら、一度だけ目を瞑ってもいいよ」
「なあ、神官長サマ。あんたが必死に囲おうとしてる”聖女”って、そもそも何なんだ?」
それまで黙って二人のやりとりを聞いていたレオンが唐突に口を開いた。レオンは、小脇に抱えていた紙袋を持ち上げる。怪訝そうな顔のセドリックに、それを見せつける。
「なんですか、これは」
「王家と神殿の、古い記録だよ。全く、持ち出すのには苦労したぜ。王子が全然許可してくれないからさあ」
にやりとレオンは笑って、紙袋を開けた。中にあるのは、金箔の張られた封をしてある封筒だ。随分と古びているが、大切に保管されていたのだろう。隅に、王家の文様が刻まれている。
「なあ、ラリア。聖女って、なんだったっけ」
いつの間にかレオンが場の空気を支配していた。セドリックは封筒を見つめたまま固まって何も答えない。
「え、と……、聖女は、神が平和のためにこの世に送られた神の使徒です。魔王との戦いが激しかった時代、神がこの世を憂いて特別な癒しの力を乙女に授けたのが始まりという……」
「あぁ、そうだ。そして、戦争が終わると、聖女は力を失った。平和な時代に、過ぎた力は必要ないからと。力を失いはしたが、聖女は平和の使者として神が人に与えし恩寵」
レオンの言葉に、ラリアは頷いた。何度も聞かされた話だった。神は聖女を平和を保つものとして送り、それは今代まで続いている。
「それが、表向きの聖女にまつわる話だ」
ぴくりとセドリックの眉が動いた。
「表向き……?」
「待て。お前、何を言おうとしている?」
ラリアが首を傾げるのに被せるようにセドリックが叫ぶ。その声に、先程までの余裕は無かった。レオンは二人を一瞥すると続ける。
「神殿と聖女についてここ数日調べてたんだよ。すると面白いことが分かった。平和な時代が訪れて、数代。聖女はまだ神の力を持っていた。それが、ある時からぱったりと消えた」
ラリアもまた、息を詰めてレオンの話を聞いた。
「それどころか、昔は神託すら無かったんだってな。特別な力を持つことが、聖女の証明。それがいつからか、聖女は神託によって選ばれるということになった」
「やめろ!」
セドリックが弾かれたようにレオンに飛びかかる。それを片手で抑えて、レオンは言い放った。
「無いんだろ。初めから、神託なんて。この国に、もう聖女は居ない」




