19
「思えば、お兄さまは、ピピが死んでから変わりました」
ラリアは、過去を思い出しながら、口を開いた。
「私、今になってようやく、お兄さまがどうして謝ったのかわかる気がするのです」
対するセドリックはしばらく口を僅かに開けて、固まっていた。やがて、眉を顰めて、横を向く。
「そんな、昔の話を、今更持ち出そうとも……」
「聖女らしくあれ、というようになったのはいつからでしたか。少なくとも、あのころは仰らなかった」
ラリアは畳み掛けた。神官長として過ごした分厚いセドリックの面に、僅かにヒビが入った気がした。
「お兄さま、私ももう、大人になったのです……! あの頃とは違います」
「大人……?」
セドリックが、ぽつりと復唱した。
「そうです。だから、もうお兄さまに守っていただかなくとも……」
「はははっ!」
セドリックは突然、笑いだした。目を細めて腹から声を出して、おかしくてたまらないというように笑った。
「……はは、おかしいね、リーリエ。僕が、あの可哀想な小鳥を思って君を守っていると思っているのかい」
ラリアは思わず、一歩後ろに下がった。セドリックは確かに笑い声を上げている。それなのに、何故だろうか。それは慟哭に見えた。人が獣になる寸前の、最後の理性の叫びに。
笑い声が止んだ。セドリックが、一歩踏み出して、ラリアに近づく。がしりと強い力で頬を掴まれ、顔が眼前に近づいた。
「君は、何も、分かっちゃいない」
生暖かい息が顔にかかる。ラリアは体を捻って拘束から逃れようとするが、まるで振りほどけなかった。
「離してください……っ」
「何故?」
セドリックは本当に理由が分からないと言ったように、首を傾げた。ラリアが泣きそうになっているのに、気にする素振りすら無い。
「君は神殿の、ひいては僕のものだ。だから、僕がしていることは間違っていない。そうだよ。謁見なんてさせたのが間違いだった。あの君に馴れ馴れしい男も、君が笑いかけた女も、もう二度と話さなくていい」
「それは……っ、聖女の務めと言ったでは無いですか……! 何故ですか、何故、私を認めてくださらないのですっ。こうまでして押さえつけるのですか!」
ラリアが叫ぶと、かすかにセドリックが笑った。
「君に理解する必要は無い」
「お兄さま!!」
「……どうせ、逃げられない。いいんだよ、君は僕の言う通りにすれば、それだけで。今までだって、僕たちは上手くやってきたじゃないか」
セドリックは、そういうと頬から手を離し、ラリアの腕を引いた。
「さあ、来なさい」
「嫌です、私の話を聞いてください……っ」
ずる、ずるとラリアの体が引きずられていく。ラリアが踏ん張っても、体格差がそれを許さない。
セドリックが、ドアノブに手をかけようとした。
「───随分、楽しそうに話してるな」
その時、空間を切り裂くような低い声が聞こえた。二人が背後を振り返ると、満月を背に、男が窓枠に足をかけていた。
「レオン様っ!!」
ラリアは、彼の名前を叫ぶ。レオンはその声に、にっと笑うと、部屋に降り立ち、ラリアを掴むセドリックの腕に手をかけた。




