17
制限された時間をめいっぱい使って、セドリックとリーリエは小鳥の世話をした。セドリックは神官長になるための勉強が相当に忙しいと聞いたが、それでも毎日一回はリーリエの部屋を訪れた。
「お兄さま、毎日いらして、大丈夫なのですか?」
「リーリエとピピに会いたいんだもの。迷惑だったかい?」
「いいえ、お兄さまと会えるのは嬉しいです。でも……」
リーリエはそこで、少し考えるように言葉を止めた。セドリックは、急かすでもなく、じっとリーリエの言葉を待っていた。
「……お兄さまが、疲れて倒れたり、神官長様に怒られるのではないか、と」
「ああ、心配してくれてるんだね」
セドリックは眉を下げて笑うと、いつものようにリーリエの頭を撫でた。
「だけどね、リーリエ。僕は、君やピピのためなら、なんでも頑張れる気がするんだよ。たとえ大変でも、君たちに会いに行くのは僕の原動力なんだ」
「げんどうりょく」
「ああ、難しかった? そうだな……、リーリエとピピはね、僕に力をくれるんだ。君たちが楽しそうだと、僕も嬉しい。頑張ろうって気持ちにさせてくれる」
セドリックは少年の顔で照れくさそうに微笑む。その顔をぼうっと見つめていたリーリエは、ふうん、と相槌をうつ。元気を取り戻しつつあるピピが、鳥籠の中、羽をはためかせながら、ピチュピチュと鳴き声をあげた。
「……それにしても、ピピは元気になったなあ。この分だと、飛べるようになる日も近いかもしれない」
「飛べる日……。もし、飛べるようになったら、ピピは外に行ってしまうのですか」
「……寂しいかい?」
セドリックに訊ねられ、リーリエは首を傾げた。
「分かりません……」
リーリエを見つめるセドリックの目が和んだ。リーリエは、寂しくないとは言わなかった。心の内に浮かんだ僅かな違和感に戸惑っていた。それに気づいて、セドリックはひとつ頷いた。
「少なくともしばらくは、まだ様子を見る必要があるだろうね。だから、まだお別れは先だ。……もしも、お別れしたくなくなってしまったら、そのときもう一度考えようか」
優しい声にリーリエはこくんと頷いた。
しばらくが経った。その頃、セドリックの多忙さは類を見ないほどだった。というのも、彼の成人の儀が間近に迫っていたためだった。リーリエは詳しくは知らないが、神殿に籍を置いているとは言えセドリックは貴族の出身だから、色々としがらみがあるらしかった。
ピピは、鳥籠の中で、時折羽ばたくようになっていた。しかし、長い距離を飛べるか分からないからという理由で、リーリエとセドリックはピピの世話を続けた。口にはせずとも、二人ともにピピを手放し難く思っているのは明白だった。
二人と一羽で過ごす時間が、少しずつ重なっていく。
────そして、セドリックの成人の儀の当日。
リーリエも、聖女として式典には参加した。聖女として成人する者たちに向けて、祝詞を贈る。セドリックは正装に身を包み、リーリエの話を聞いていた。
式が終われば、セドリックが神官長に連れられて出ていくのが見える。言葉を交わすすきが無かったのを僅かに寂しく思いながら、リーリエはそれを見送った。それからも、あちらこちらと祝宴に引っ張られ慌ただしく一日は過ぎていった。
すっかり日が暮れてから、ようやく部屋に戻る。ピピを一日放置してしまったから、おやつをあげようか等と考えながら、自室に入ると、そこには先客がいた。
「お兄さま、……それに、神官長様……?」
セドリックは鳥籠の前で、リーリエに背を向けていた。先代神官長の方が先にリーリエに気づき、セドリックに顎をしゃくった。
「聖女様がいらした。セドリック、自分で説明しなさい」
セドリックが、古びた機械のようにゆっくりと振り返った。見たことが無いほど蒼白な顔だった。目は赤く、どこか頬が痩けてみえた。セドリックはリーリエを認めると、唇を一度震わせる。しかし、リーリエはセドリックの手元に釘付けになった。胸の前で開いた両手の上に、なにか乗っている。
ピピだ。でも、おかしい。
セドリックの手のひらの上のピピは、ぴくりとも動かなかった。それに、何より、首が────。
「……ピピは、死んだ」
掠れたセドリックの声が、リーリエの鼓膜を揺らして消えていった。




