13
「ふうん、で。先代の聖女様のこと思い出してたってわけか」
数日後の夜。リーリエの私室でレオンはあぐらをかいていた。通常の謁見の後にレオンはこうしてリーリエの部屋を訪れるようになった。今日は、何やら古びた本を小脇に抱えている。
「はい。先代様も立場は同じだったんでしょうか。確か、若くして亡くなられたと聞きました」
「若くして亡くなった、ねえ。死因は?」
「突発的なご病気と聞いています」
レオンは腕を組むとしばらく考え込んだ。リーリエがその様をじいと見つめていると、顔を上げて首を傾げる。
「先代の聖女が亡くなると同時期にアンタが生まれた。そしてそのまま今代の聖女になった。神の思し召しとやらといやあそれまでだが……」
レオンはそこで言葉を切った。
「……アンタ、本当に生まれた時から聖女だったのか?」
「え?」
「いや。アンタが聖女になるって決まったのは、いつなんだ?」
「生まれた時です」
「そうじゃなくてさ」
レオンは少しだけ眉を寄せた。
「アンタが生まれる前に、誰かが『この子を聖女にする』って決めたわけじゃないんだよな?」
「……神託によって定められた、と聞きましたが、詳しいことは」
「だよな」
レオンは再び黙り込んだ後、顔を上げた。
「俺、調べてみようと思う。この場所や、聖女の制度について。丁度最近、仕事で王子様と仲良くなってさ」
「……神殿への背信行為になるのでは?」
にっとレオンは笑い、人差し指を唇に当てた。聖女として諫めるべきかと少し迷って、リーリエは結局何も言わなかった。ただ、手を合わせてレオンの安全を祈る。
「ありがとな」
リーリエの祈りを静かに見守って、レオンがぼそりと言う。リーリエは首を何度も横に振った。
「いいえ、私のために色々してくれるのは、いつもレオン様でしょう? 」
レオンは照れくさそうに頭を掻いて、それからさりげなく抱えていた本を膝の上に置いた。
「そういや……、名前のこと、なんだけど」
「ええ」
リーリエは思わず、背筋をピンと伸ばした。レオンの顔が、妙に真剣だったからだ。
「色々、考えててさ。これ、古語の由来とか乗ってる辞典。名付けの本も買ったんだけど、やっぱり特別なのにしたいって言うか……」
「レオン様……」
「アンタを表すなら、やっぱりアンタの好きな物の要素を入れたいと思ったんだよ」
レオンはじっとリーリエの瞳を見つめた。意志の強そうな金の猫目。何度見つめあっても、リーリエは落ち着かない気分になる。悪い気分では無い。ただ……心のうちから言い表せない衝動が零れそうになる。
「俺と話す以外のことで、なんかねえの。好きな物」
「好きな物……」
リーリエはレオンと出会ってから今までを思い出していた。
「飴もキャラメルも好きです。薔薇の花も好きだし、きっと見たら海も好きになります」
目を瞑り、指を折ってひとつひとつあげて言った。まだある。これも、これもと。やがてリーリエが目を開けると、真っ赤な顔のレオンと目が合った。
「どうしました、熱いですか」
レオンは首を横に振った。
「それ、全部俺があげたか、話したヤツじゃないか」
指摘されて、リーリエ自身初めて気づいた。そうだ、どれもこれも、リーリエの好きにはレオンとのエピソードが紐づいている。リーリエの心の奥にあるキラキラしたもの全てに、レオンがいる。
「はい、そうです」
リーリエがはにかんで頷くと、レオンは頭を掻きむしった。耳も、シャツから覗く首元までも赤く染まっている。
「……っ、そう! 分かった! もういい、大丈夫」
レオンは本を開き勢いよくページを捲っては、何度か顔を伏せた。しばらくはそれを繰り返してばかりだったが、次第に真剣に本を読み始める。
「海。海に関係するものにしよう。それで、いつか───」
「いつか?」
「いや、何でもない。まだ言わない」
ペラペラとページを捲る手が、あるページでピタリと止まった。
「ラリア。西の国の言葉で、凪いだ海を表す言葉なんだって」
「ラリア……」
「あぁ。でも、本当は海ってやつは色んな顔を持ってる。全てを受け入れる懐の深さも、荒れ狂う様も、全て海そのものなんだ。……だから」
リーリエの手を、レオンが取った。
「アンタの、色んな顔が見たい。豊かで、複雑な顔が。だから、アンタに海の名前を贈るよ、ラリア」
そしてリーリエと呼ばれた少女は、ラリアになった。




