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鳥籠聖女は海を知りたい  作者: 篠原まど


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 その日の夜。リーリエは眠れないまま部屋にいた。こんや、へやで。どういう意味なのだろう。そのまま考えるなら、まさか────。


「……リーリエ」


 考え事をしていたリーリエの耳に、レオンの声が唐突に響いた。


「きゃ!」


 振り向けば、レオンがリーリエの私室の窓に足を掛け、室内に入ろうとしているところだった。


「……おどろかせたか? 窓まで開けてくれてたから、俺はてっきり、分かってたもんかと」


「それは……、万が一を考えて……。本当に窓からいらっしゃるなんて思わなかったです」


 窓辺に駆け寄って、レオンに手を貸す。レオンは軽々と窓を越えて部屋に上がり込んだ。


「ははっ。だってさ、そうでもしないとリーリエとちゃんと話せないだろ」


 リーリエに自由はない。いつだって、神官がリーリエの後ろについてまわり、リーリエの一挙一動を監視している。

リーリエは、思わず俯いた。


「そんな顔するなよ、つまり、俺もアンタともっと話したかった、ってことだから」


 レオンは柔らかく笑いかけたあと、話を切り出した。


「……で、今日の話だけどさ。リーリエは、どう思った?」


 改めて聞かれて、リーリエは考えた。セドリックの言葉の、何があんなに辛かったのか。外に出たいのか。


「神殿が嫌いだとか、逃げたいだとか思ってるわけじゃないんです。ただ……、私を否定されたのが、悲しかった」


「貴方と二人で見つけた私を、お兄さまやみんなが間違っているというのが、辛いです」


 リーリエの告白を、レオンは黙って聞いてくれた。


「……そっか」


「聖女として相応しくないのは、事実なのでしょうけれどね」


 レオンが反射的に口を開いたが、何も言わずに閉じた。やや、考えてから再び話し出す。


「じゃあさ……こういうのはどうだ。リーリエは今まで通り、聖女らしくする。でもその代わり、俺がここに来た時だけ、素のアンタでいる」


「ここに来た時だけ……」


「俺がヘマさえしなきゃ、ここで話したことは誰にもバレないだろ? だったら、誰かに怒られることも、否定されることも無いはずだ」


 レオンは猫目を細めてリーリエを見ていた。まるで、悪魔の誘惑のようだとリーリエは思う。行けないことだと分かっていて、しかし抗えない。


「……はい」


 逡巡の後、リーリエは結局頷いた。二人だけの、秘密。初めて貰った飴より、ずっと甘く感じるのはなぜなのだろう。リーリエの答えに、レオンが嬉しそうに頷いた。


「レオン様。……どうして、そこまでしてくださるのですか?」


 リーリエは思わず聞いてしまった。


「神殿に忍び込むのも、危険でしょう。私は、何もあなたに渡していない。面白いからというのは、こうまでしていただく理由にはなりません」


 リーリエがまっすぐとレオンを見つめると、レオンはややあって、首を竦めた。


「そうしたいから、じゃダメなのか?」


「理由が分からない好意は、怖いです。……いつなくなるか分からないもの」


 リーリエの頭の中に、セドリックの言葉が残っていた。レオンとリーリエは生きる世界が違う。ならば二人をつなぐ何かが欲しい。

 レオンが珍しくうつむいて、ぽつりと零した。


「…………俺さ。小さいころから、何でもできたんだよ」


「はい?」


「自慢じゃなくてさ。何やっても人よりできるし、努力もそんなにした覚えがない。やりたいなと思って、したいようにしてるうちに、うまくいってる」


 リーリエは、レオンに何も言えなかった。それは、すごいことのように思えるのに、レオンの口ぶりは、少しも嬉しそうじゃなかった。


「なにをしてても、空しいんだ。ある程度やると、ああ、こんなもんかって思っちまう。いろいろと手を出してみても、誰といても」


「……そう、なのですか」


「でも、アンタは違った。なんでだろうな。アンタに何か渡して、喜ぶかどうか、考えるのが楽しい。何度やっても、飽きない。俺にも不思議だよ」


 レオンは顔をあげて、リーリエを見つめた。金の瞳にいつもの軽薄さはまるで無い。苦し気に目を細めて、リーリエを見ている。リーリエは初めて、レオンの渇望の輪郭を知った。


「……私といると、空しくないのですか?」


「ああ。今のところは」


レオンがへらっと笑みを浮かべる。今のところは。永遠を約束する言葉ではない。それなのに、リーリエの心には先ほどまでの焦燥は無かった。初めに会った時人生に悩みなんか無い、といったレオンの心に、ようやく触れられた気がした。


「ごめんな、納得できるような理由じゃなくて」


「……いえ。レオン様、聞けて、嬉しかったです」


 レオンが眉を寄せて笑ったから、リーリエはまた嬉しくなったのだ。

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