8 著作権法にご注意を。
胸を張るアラタに、成実はこくこくと頷いて、
「ついでに顔も変えられる? 刺繍、もうちょっと可愛く」
「やってやれないこともないが…俺のセンスで良いなら」
「できればポケモ」
「オイ待てやめろ、版権のあるものをモデルにしようとすんな。法律に引っ掛かる」
「じゃあディズニ」
「だー! やめい! 世界的大企業とファンの皆様を敵に回す気かお前は!」
著作権法に引っ掛かる行いだけは避けねばならない。
ネットワーク上に流布している様々な事例を記憶しているアラタは、相応以上の危機感を持っていた。
「大体お前、見た目を特定のキャラに寄せたら、そいつが草刈り機振り回して地底ゴキの首を刈ってるって構図になるだろ。トラブルになる・ならない以前に、版権元に申し訳なさすぎるからやめろ」
「むう…」
成実はいたく不満そうだが、楓はホッとした様子で深く深く頷いている。
その後、特定の有名キャラクターの外見に寄せるのは却下して、成実と楓の希望を採り入れつつ、顔の造形をいじっていく。
成実の希望は美麗クール系、楓の希望は可愛い系だったが、草刈り機を振り回すシュールさから、アラタは若干ホラー要素の入った『怖可愛い系』を目指した。
実際その通りに作れたかどうかは置いておいて、最終的には成実と楓が納得し、アラタの理想にも近付けたので良しとする。
「これはこれで有り」
「ええ、お役目のイメージにも合っていると思います」
「…そりゃ何よりだ」
数時間後──完成品を前に、曖昧な笑みを浮かべて頷く。
理想を追求し過ぎた結果、余計なエネルギーを消耗してしまい、アラタは倒れそうになっていた。
アラタの見た目は擬態なので、顔色が悪くなることもなければふらつくこともない。
平然とした表情のまま、明日は一日中部屋で日光浴をして休もう、いやもう日付け的には『今日』だけど、と内心呻いていると、不意に成実がアラタを見上げた。
「大丈夫?」
「…何がだ?」
「反応が遅い。疲れてるんじゃない?」
アラタは一瞬、動きを止めた。まさか初対面の異種族に言い当てられるとは思わなかった。
成実の目はあくまで真面目で、赤み掛かった黒の瞳は、全てを見透かすように澄んでいる。隠せそうにない。
諸手を挙げて、アラタは苦笑いした。
「まあ正直なところ、エネルギーが切れかかってる」
「エネルギー切れ」
「ヴェルデ族は恒星の光をエネルギー源にするって言ったろ? ここ数日雨続きで、あんまり充填できてなかったからな。仕方ない」
「そういえば、ずっと天気が悪かったですね…」
曇天でも雨でも、明るければある程度のエネルギーは補充できる。が、それが連日続くと少々キツい。
補充できる量を消費量が上回り、じわじわと貯蔵しているエネルギーが減っていく。
着ぐるみの改造でさらにエネルギーを消費したのは、完全にアラタの自業自得だが。
「エネルギーが切れると、どうなるの?」
「まず擬態が解けて、動けなくなる。で、さらに進んでエネルギーが枯渇すると、仮死状態になる」
死にはしないが、日常生活は送れない。ヴェルデ族としては絶対に避けたい醜態である。
とはいえ、アラタはまだそこまでの状態ではない。あと丸一日エネルギーが補充できなかったら擬態が保てなくなる、という程度だ。
着ぐるみの加工は終わったので、あとはアパートに帰って日当たりの良い窓辺でゆっくりすれば良い。
などとアラタが考えていると、成実が首を傾げた。
「恒星の光以外に、エネルギーを補充する方法はないの? 何か食べるとか」
(ホモサピエンスは摂食する生き物だからな…)
他の物体、主に生き物を経口摂取し、消化してエネルギーに変える。そういうシステムを持つ生き物は多い──というか、宇宙における圧倒的多数派だ。理由は簡単、それが最も効率が良いからである。
だがそれは、生息圏内に自分以外にも何らかの生物が存在する、という環境でなければ成立しない。
「ヴェルデ族も、一応その気になれば何でも食えるが…食べることは稀だな、光を浴びる方が面倒がない」
争う必要もなければ、処理しなければならないような排泄物も出ない。実に合理的だ。
アラタの説明に成実はふうんと頷き、リビングダイニングを横切ってキッチンへと向かった。大きな冷蔵庫から何かを取り出し、戻って来て、ハイ、とアラタに差し出す。それは、
「…ハイカロリーゼリー?」
お手軽に栄養が摂れる、パウチのゼリー飲料だった。
「着ぐるみの改造のお礼。足りないなら後30本くらいあるけど」
「…1本で良い。ありがたく貰っておく」
何故年頃の娘が社畜御用達の加工食品を常備しているのか、という突っ込みは控え、アラタは素直にそれを受け取った。
ホモサピエンスと同じように、キャップを開けて経口摂取する。本物のホモサピエンスならここで「青りんごっぽい味」などと表現するのだろうが、アラタにとって味はそれほど重要ではない。
似せているのは外見だけなので、喉を通ったゼリー飲料は速やかに体内に拡散し、各所でエネルギーに分解されていく。
アラタがパウチの中身を飲み干すのを、成実たちが興味深そうに見守っていた。
「見た目だけなら本当に人間と変わりませんね」
「芸が細かい」
キャップを開ける手つき、骨ばった手の甲に浮き出る血管、嚥下する時のような喉の動き。完璧とはいかないまでも、上手く再現できている自信はある。
ゼリー飲料1本で、多少はエネルギーが補充された。アラタは内心ホッとして軽口を叩く。
「そりゃあ、年季が入ってるからな」
こう見えて、アラタは人生ならぬヴェルデ生経験豊富な個体である。ヴェルデ族には寿命の概念がないので年齢自体も無意味だが、少なくとも成実と楓よりは遥かに年上だ。
「伊達に日本社会に紛れて働いてないぞ」
「私には一目でバレたけどね」
秒で茶々を入れられ、
「…言うなよ」
アラタは小さく涙を呑んだ。
本日の投稿はここまで!
明日以降はもう少し頻度を下げて投稿していきますが、毎日更新です。
よろしければお付き合いくださいませ。




