6 着ぐるみ
幸い、それ以上の追及はなかった。2人はアラタの前で目配せして、頷き合う。
「──私は木栗家の長女、木栗成実」
「私はそのお付きの、栗元楓と申します」
「ウチは代々、この国の人間を人ならざる者の脅威から守ってきた、守護の一族。国のトップの方と繋がりはあるけど、公的な組織に属してるわけじゃない」
木栗家。アラタは聞いたことのない名前だ。ネットワークを介した事前調査でも引っ掛からなかったから、多分本当に陰で活躍する一族なのだろう。
「人ならざる者…」
「いわゆる怪異とか、世間に認知されてない奴ら。クマとか猛獣は管轄外」
なるほど、とアラタは唸る。となると、
「じゃああのでっかいゴキ…みたいな奴も?」
言っている途中で2人が瞬時に険しい表情になったので、名前をそのまま出すのは控える。きぐるみ様(仮)の中身──木栗成実は、剣呑な表情のまま頷いた。
「あれは、大昔から時々地上に湧いて出る、地下の生き物。繁殖力が高くて地上で増え始めたら歯止めが利かなくなるから、優先的に倒さなきゃいけない。『地底ゴキ』って呼んでる」
その『地底ゴキ』が地上に現れるルートは限られていて、そのうちいつくかの出入口はこの街にある。
だから、木栗家とその分家の人間が常駐して見張り、対処して回っている。人ならざる者全般に対処する以上、それだけが相手ではないが、メインターゲットは地底ゴキだ、と成実は言う。
「…地底ゴキを追ってるタイミングで、宇宙人に遭うとは思わなかったけど」
「あ、それ。どうして見ただけで分かったんだ?」
アラタはごく普通の日本の成人男性の姿を取っている。髪の色も目の色も顔立ちも、周囲から浮かない程度の見た目になっているはずだ。
擬態が常のヴェルデ族として、一目で見破られたのはなかなかにショックだった。
アラタが訊くと、成実はちらりと玄関の方へ視線を投げた。玄関横の大きな収納には、例の着ぐるみが仕舞われている。
「あの着ぐるみにはいろんな機能がついてて、その中に、相手の正体を見破るって機能がある」
「んな滅茶苦茶な」
「滅茶苦茶じゃない。他にも、空調とか身体強化の機能もある」
木栗家というのは元々陰陽師の家系で、西洋の魔術、中国の道術、その他様々な技術体系や最新技術を取り込んで、独自の術を獲得しているという。
例の着ぐるみはその技術の結晶。内側にも外側にも、仕事に役立つ術が施されているのだ。
「…つーことは、『きぐるみ様は車と並走できる』ってのも本当なのか…」
「目立つからやらないけどね」
渋々と言った様子で成実が頷く。本人も『きぐるみ様』の噂は知っているのか、ものすごく不本意な顔をしているが、否定はしない。
「まああの生き物だか何だか分からん物体が車の横を全力疾走してたら、そりゃ目立つだろうしな」
「…」
アラタが同意した瞬間、成実がスン…と平坦な表情になった。元々感情の読みづらい顔が、ほぼ完全に無表情になっている。
え、と呻くアラタを無視して、彼女は黙ったまま玄関へ向かい、例の着ぐるみの頭部だけ抱えて戻ってきた。そしてそれをダイニングテーブルの上に置き、
「猫」
「へ」
「何の生き物だか分からん物体じゃない。猫」
顔は無表情だが、声には悔しさのようなものが滲んでいる。アラタが咄嗟に視線を走らせると、目が合った楓が深刻な顔で頷いた。
つまるところアラタは、地雷を踏んだのだ。
成実と目が合わないようそっと視線を逸らしつつ、改めて、着ぐるみの頭部を観察してみる。
全体的に黒ベース──なのだが、経年劣化なのか色落ちなのか、灰色と茶色も交ざって、まだら模様になっている。
2本の角のように見えていたのは、三角形の耳。ただし、位置が少々おかしいし、頭部の大きさに対して小さすぎる。
眼球部分はガラスのような透明感のある物体で、中央部分の奥にカメラのレンズのようなものが見えた。赤く光って見えたのは、そこから洩れる光だったのだ。
アーモンドアイに見えるよう眼球を縁取っているのは、黒い糸での刺繍。同じく刺繍で描かれたヒゲと口元、そして鼻はプラスチックのパーツ──なのだが、その全てが黒なので、こうして明るい所で見ないと『猫』だとは分からない。
シルエットだけだったら『2本角の何か』だと認識する。少なくともアラタなら。
「猫……ではあるな。一応」
「一応じゃない。ちゃんと猫」
「いや、耳と頭のバランスがだな…」
思わず正直に指摘すると、成実はあからさまに眉間にシワを寄せて押し黙った。本人にも思うところがあるのだろうが──言うんじゃなかったと、アラタは深く後悔する。空気が重すぎる。
楓がコホンと咳払いした。
「先代から引き継いだものですので、ディティールの不整合は仕方のないことなのです」
「引き継いだ? 着ぐるみを?」
「元々は黒い鬼の着ぐるみでした」
なるほど、猫の耳は、元々は本当に角だったらしい。改めて見れば、位置と形状がそっち寄りだ。
それを猫耳に変えたのは着用者の趣味だろうか。
成実はぶすくれたまま、ぼそりと呟く。
「…だって鬼とか可愛くないし」
鬼が可愛くないのは確かだ。が、では今のこの『猫の着ぐるみ』が可愛いかというと──いや、深くは突っ込むまい。
アラタは賢明だった。
「黒猫だったはずなのに、処した連中の体液とかでどんどん変な色になってくし…」
「元々そういう柄じゃなかったのか、これ」
「色落ちした」
アラタはてっきりサビ猫がモデルかと思っていたが、そういうわけではなかったらしい。悄然とする姿は少々哀れだ。




