5 ヴェルデ族
これはあくまでヴェルデ族の生物学的な特性について説明しているだけだ。そう自分に言い聞かせながら、アラタは答えを返す。
「繁殖能力自体はあるぞ。…というか、むしろそれが問題なんだ」
「問題?」
「俺らは本来、こういう二足歩行の姿じゃない。これは擬態で、外見をホモサピエンスに似せてるだけだ」
黒髪黒目、これといった特徴のない平凡な日本人男性っぽい自分の姿を指し示しながら、アラタは努めて淡々と説明する。
ヴェルデ族の本来の姿は、緑色の不定形。それこそ、アメーバを巨大化させたような、あるいはこの星のファンタジー小説で言うところの『スライム』のような見た目をしている。
そして、その姿で別個体と身体の一部が接触し続けると、地球時間換算6時間ほどで、接触部及びその周辺の体組織が本体から切り離されて混ざり合い、それぞれの個体の記憶の一部を引き継いだ新たな個体へと変化する。これが、ヴェルデ族の繁殖方法だ。
「くっついてるだけで、6時間で1個体増える…?」
「ちなみに、『幼体』の概念はない。最初から身体は成体だ」
「すさまじい繁殖力ですね…」
2人がドン引きしている。
ホモサピエンスの妊娠・出産のメカニズムと比較するまでもない。完全に別次元だ。
アラタは溜息をついた。
「だから困るんだ。俺らの主なエネルギー源は恒星の光で、通常、一日に一定時間以上は本来の姿で光を浴びる必要があるんだが──それでうっかり増えることがある」
「うっかり…」
「増えるだけでもないけどな。例えば完全に重なり合うような感じで接触し続けてしまった場合は、2個体の意識と身体が混ざり合って全く別の個体に変化してしまう。この場合、2個体は死亡扱い、1個体が新規誕生扱いだ」
ヴェルデ族にとって最も恥ずべき状況だが、事故のような形でそうなってしまうこともある。
だからヴェルデ族は、基本、普段から別の種族に擬態し、他に誰もいないところで本来の姿に戻り、恒星の光を浴びる、そういう生活を続けている。
「…もしかして、移住が推進されてるっていうのも、それが原因?」
察しが良い。少々感心しながら頷く。
「同族がいない、あるいは少ない場所の方が、接触リスクは少ないからな」
寿命という概念が存在しない種族なので、むやみに増え過ぎないように、という観点でも分散して生活するのは大事だ。移住はその極致と言える。
「居住面積を確保するだけなら、他星を侵略する、という手もあると思いますが」
「何で日本人なのにそんな発想が出てくるんだよ…」
ジト目で見遣るが、スーツ姿の女性は平然としている。アラタは緩く首を横に振った。
「少なくとも今現在、俺の周囲じゃ、そういうことを言う奴はいない。戦争を仕掛けること自体が時間と金と労力の無駄だし、擬態が使える以上、既存の社会に溶け込む方が簡単で、楽しいからな」
「楽しい」
きぐるみ様(仮)の中身が、何とも微妙な顔で呟く。アラタも理解と共感が得られるとは思っていない。そういうもんだと認識してもらえるだけでいい。
「──つーわけで、俺たちヴェルデ族はこの星の住民をどうこうするつもりはない。こっそり社会に溶け込んで生活するのだけ、目を瞑っておいてくれると助かる」
アラタが言うと、きぐるみ様(仮)の中身がふうんと頷きかけ──あれ? と首を傾げた。
「社会に溶け込んでって…どうやって?」
「どう、とは?」
「だって、契約社員だとか言ってたけど──働くにも、いろいろ要るよね? 住民票とか。失業保険に入るんだから、照合されるはず」
「あ」
スーツの女性が呻き、アラタはぎくりと顔を強張らせる。
途端に空気が重くなった。2人の目が冷たい。
「そのー…それはだな」
アラタは視線を逸らし、ぼそぼそと呟いた。
「ちょっと、情報ネットワークの中に介入して、こう…戸籍データを…」
「…ハッキング」
「普通に犯罪ですが」
「か、改ざんじゃなくて追加だぞ!? それに戸籍を作ったからには、ちゃんと、全部、やるべきことはやってるからな!? 税金の支払いとか! 車の免許もちゃんと教習所通って取ったし!」
「そこはちゃんとするんだ」
「変なところで律義ですね」
「変って言うな!」
実のところ、アラタがこの星──この国で一番困ったのがこの『戸籍』と『住民票』だ。出自と現在の居住地を証明する書類がなければ、働くことも住居を確保することも難しい。
擬態して社会に溶け込む以上、どうしても必要だったので、仕方なくその道のプロの同僚に頼んでこの街の住民データベースに情報を追加してもらった。母星の技術は地球よりかなり進んでいるので、それほど苦労はなかった。倫理観を無視すれば。
「と、とにかく! 他のデータはいじってないし、住民がいつの間にか一人増えてるってだけの話だからそこは勘弁してください」
その場でガバッと頭を下げる。先手必勝である。
「…まあ、お役所が気付いてないならわざわざ教える義理はないけど」
ぼそりと呟いたのは、きぐるみ様(仮)の中身の方だった。他人事のような言い草に、アラタはきょとんと目を瞬く。
「あんたら、こう…国家権力的なやつじゃないのか?」
てっきり、警察の中の秘密の部隊とか、そういう公的組織の一員だと思っていたのだが──いや、そういうのだったらあんな悪趣味な着ぐるみ着て謎の草刈り機を振り回したりしないか。
アラタがそう納得した瞬間、
「今、ものすごく失礼なこと考えてない?」
「いやそんなとんでもない」
じろりと睨まれて両手を頭の横に挙げる。何故バレた。




