4 アラタの事情
その後アラタは半壊した靴を何とか脱ぎ、女性2人に続いて奥の部屋へと進んだ。
なお、あの体液は空気と反応して石油化学製品を融かす性質があるのだという。合成ゴムが主成分の靴など一発でアウト。文明の敵だった。
通された先はリビングだった。アラタのアパートの部屋の5倍くらいあるが、リビングはリビングだ。多分。
そこに足を踏み入れるなり、きぐるみ様(仮)の中身の女性がアラタを振り返って眉を寄せた。
「…で。あなた、何者?」
「とある配達業者で契約社員やってる一般人だ」
「偽装はいいから」
手厳しい。
しかしもう彼女には色々バレているようだし、変に誤魔化すより正直に話すのが得策か。そもそも『地球外生命体』なんて単語が真顔で出てくる時点で、どう考えても彼女も普通じゃない。
アラタは少し考えて、名乗った。
「この地での名前は、卯月新田。velr──ええと、日本語風に言うと『ヴェルデ族』って種族の、宇宙人だ」
──そう。アラタは宇宙人だった。見た目を上手く誤魔化して人間社会に溶け込んでいるが、生まれも育ちも別の星。生物学的にも、この星の生命体とは根本的に異なる。
別に『宇宙に住んでいる』わけではないから、『宇宙人』という呼称にはいささか引っ掛かりがあるが。
「自分で言ってて恥ずかしくならない?」
「そこを突っ込むな」
恥ずかしかろうと何だろうと、一番通りのいい名称を使った方が話が早い。理解してもらうことの方が大事だ。
「ヴェルデ族って、聞いたことないけど」
視線がちらりとスーツの女性の方へ向く。スーツの女性は、すぐに頷いた。
「データベースにない名前です。別の名称で呼ばれている可能性があります」
淡々としているのはきぐるみ様(仮)の中身の女性と同じだが、声が一段低く、落ち着きがある。
「別名は…あるにはあるが、そもそも俺以外のヴェルデ族がこの星に来たことはないと思うぞ。俺が初めてのはずだ」
データベースとやらに『ヴェルデ族』が載っていないのは、前例がないから。簡単な話だ。
「初めてにしては、やたら慣れてない?」
「この星に来たのは初めてでも、異星・異種族との交流には慣れてるからな」
アラタは気持ち、胸を張る。
「俺は『移住斡旋会社』の、調査員なんだ」
「……」
「おいそこ、胡散臭いものを見る目で俺を見るな」
きぐるみ様(仮)の中身は疑い深く眉を寄せているし、スーツの女性は奇妙に凪いだ表情をしている。どう見てもアラタの説明を信じた顔ではない。事実なのだが。
「……移住の斡旋?」
「おう」
胡散臭いものを見る目で見られたままだが、きぐるみ様(仮)の中身の質問に真摯に答える。
「自慢じゃないが、俺たちヴェルデ族はこう…長命でな。最近、移住が推進されてるんだ」
ヴェルデ族はわりと気軽に別の星へ行けるため、母星の近隣の星は移住先として人気がある。が、その辺の星には飽きたという意見も一定数、ある。
そこで、少し離れた星を移住先として紹介しよう、というのがアラタの会社のコンセプトだ。
移住先候補を自ら開拓し、移住希望者が現れたら住居の確保やら何やらを一通りサポートして、紹介料とサポート料をいただく。アラタが担当しているのはその前段階、候補地が移住に適しているか否かの実地調査である。
地球が調査地に選ばれたのは地上の環境がヴェルデ族に適しているからだが、その中から日本を選んだのは偶然だ。
成層圏で地上を監視しつつ言語や文化を学んでいた際、漫画やアニメに強く心惹かれたから──なんてことは全くない。決して。
「長命とは、どの程度ですか?」
「あー、説明が難しいんだが…」
アラタは言葉を濁し、改めて2人を見遣る。きぐるみ様(仮)の中身の方は20歳前後、スーツの女性は30歳前後といったところだろうか。ホモサピエンスの年齢は比較的分かりやすい。
「ヴェルデ族には、ホモサピエンスで言うところの『寿命』がない」
「…不死ってこと?」
「ああいや、死の概念はある。身体の中の、所謂『急所』に当たる部分が損傷したら死ぬ。死ぬんだが…」
うーんと唸りつつ、天井を仰ぐ。わずかにオレンジ色掛かった照明が眩しい。
この星の生物で、生態がヴェルデ族に近いのは──
「クラゲ、っているだろ?」
「うん」
「あれは、成熟すると芽みたいな状態になって、複数匹のクラゲに増えるよな?」
「そうですね」
2人とも頷く。良かった、そっちの知識はあるのか、とアラタは内心安堵した。ならば話は早い。
「ヴェルデ族は、それに近いんだ。今の身体が古くなると、単体で新しい身体を作って、そっちに意識を移す。古い身体はダメになるが、個体としての意識は新しい身体に引き継がれるから、個体としての『寿命』はない。引き継ぎが上手くいけば、延々と生きていられる」
「上手くいけば、ってことは、失敗することもある?」
「ある。新しい身体の作成に失敗していたら意識を移せないし、意識を移している途中で別のものが混入して、事実上の別個体になってしまう場合もある。珍しいケースだけどな」
アラタの説明に、きぐるみ様(仮)の中身が眉を寄せた。
「個体としての寿命がないってことは、よっぽどのことがない限り、個体数は増える一方、ってこと?」
「いえ、待ってください。そもそも個体数が増えるかどうかも分かりませんよ。寿命がないなら繁殖する必要性も低いですし」
なかなかにセンシティブな領域に踏み込んできたが、この2人、自覚はあるのだろうか。




