3 連れ去られた先
草刈り機もどきを突きつけられて動けなくなったアラタは、その後きぐるみ様(仮)に指示されるまま、近くに停められていた車に乗り込み、街の中心部へ運ばれた。
着いたのは、この街でも特に規模が大きいマンションの敷地。駐車場を通り過ぎ、マンションに隠れるように建っている電動シャッター付きのガレージに入る。
シャッターが完全に閉まってから、きぐるみ様(仮)は車を降りた。
「降りて」
「ハイ」
全員が降りると、勝手に車のドアが閉まる。それほど珍しくもない車種だが、黒スーツ姿の女性が運転していることといい、どう見ても普通ではない。
運転手の女性が車のドアをロックして、ガレージの中の扉に向かう。
そのまま外へ、と思いきや、ドアの向こうは地下へと続く階段だった。きぐるみ様(仮)に背中をド突かれつつ足を踏み入れる。ひんやりとした空気が、少々怖い。
しかし通路には何もなかった。階段と通路を淡々と進んでドアをくぐると、そこは白い壁が眩しいエレベーターホール。大きなマンションなのに、エレベーターは1つだけだ。
運転手の女性が上階へ向かうボタンを押すと、すぐに扉が開いた。
「こっち」
きぐるみ様(仮)がさっさとエレベーターに入り、アラタに指示する。アラタに続いてスーツの女性もエレベーターに乗り込み、パネルを操作した。
それでアラタは気付いた。このエレベーターは各階に止まるタイプではなく、特定の階への直通だ。行き先ボタンが15階と地下1階しかない。
多分普通の入居者は立ち入り禁止の、特別な区画。そんな場所に足を踏み入れてしまったことを理解して、顔が引きつる。
エレベーターは淡々と上昇し、ポーン、というベル音と共に止まった。開いた扉の先は、やはり白い廊下。照明はオレンジ色掛かっていて、温かな雰囲気がある。
アラタは半ば押し出されるようにして廊下に出て、スーツの女性ときぐるみ様(仮)に前後を挟まれた状態で奥へ進む。途中に扉はない。この階には、1室しかないのだ。
突き当たりの少し手前に、重厚な黒褐色の扉があった。スーツの女性が扉の横にあるパネルに右手で触れると、鍵が開く音がする。
指紋認証か、掌形認証というやつだろう。セキュリティレベルの高い企業にはそういうものもあると、アラタも聞いたことがあった。
一般家庭の鍵として使われている、というのは聞いたことがないが。
「適当に上がって」
スーツの女性が扉を全開にしている。
淡々としたきぐるみ様(仮)声を受けて、アラタは恐る恐る玄関に足を踏み入れた。
重厚な扉に相応しく、玄関ホールは広かった。
高い天井にはシャンデリアのような照明が吊り下げられ、壁はベージュっぽい白、床は大理石張り。住む世界が違うというか、身の置き場がない。
「早く入って」
「わ、悪い」
ずんぐりむっくりした物体が明らかに不機嫌になり、アラタは慌ててさらに2歩、前へ進む。
ここは一応マンションの一室だ。この階には他に部屋がなさそうだが、他の階にも住民はいる。万が一、見咎められたら言い訳のしようもない。
(…いや、それ以前に何でこうも堂々と『こいつ』が高級マンションに帰宅…帰宅? してるのかって話だよな…)
アラタが困惑している間に、玄関ドアは当たり前に閉められ、かちゃりと鍵が掛けられた。『そいつ』は溜息をついて俺を押し退け、玄関の上がり端で、おもむろに自身の頭部に手をかける。
「……ふう」
そうして現れたのは──存外小さな頭だった。
今の今まで被り物をしていたせいか、ややボサボサの黒髪。耳には赤い石のついたピアスがきらりと光る。
声の調子でアラタも予想していたが、若い女性だ。外身とのギャップに戸惑っていると、わずかに赤味掛かった黒い瞳が、ジト目でアラタを睨んだ。
「さっさと上がる」
「お、おう」
アラタが靴を脱ぐ横で、彼女は肩のベルトを外す。スーツの女性がサッと手伝いに入った。背中のファスナーを開ける、ジィー…という音がする。
そんなことより、靴だ。片方は脱げたが、もう片方──巨大ゴキブリの体液を浴びた方が何故か脱げない。焦って見下ろすと、
「融けてる!?」
暗がりでは分からなかったが、通勤にも仕事にも便利な愛用のスニーカーが、見事に半壊状態になっていた。
歩きにくかったのは疲れていただけではなく、靴の形がおかしくなっていたから、だったのだ。
「…俺の一張羅が…」
思わず漏れた悲痛な呻きに、着ぐるみを脱いだ女性が半眼になった。
「気付いてなかったの?」
呆れないでいただきたい。
「見ず知らずの着ぐるみ人間に草刈り機突きつけられて見ず知らずの場所に連れて来られたら、そりゃ自分の状況を確認する余裕なんかないだろ」
ぼそりと呟いたら女性が黙って例の草刈り機を構えたので、アラタも黙って壁際に寄り、両手を頭の高さに掲げておく。ホールドアップ。
「地球外生命体のくせに、そういうのは知ってるんだ」
「そういうのってどんなだ。──つーかな、滞在先の文化とか言語を学んで身につけておくのは常識だろ、常識」
「…宇宙人に常識を語られるとは思わなかった」
(だから、呆れたような目で見るなっつの)
ともあれ、女性は草刈り機を引っ込め、玄関の収納に仕舞った。
アラタは内心安堵して、そっと両手を下げる。あれくらいでどうにかなるものではないが、巨大ゴキブリの首を刈った刃物で切られたくはないし同列に扱われたくもない、切実に。




