33 顛末の報告
『──で、体組織の一割強を失った挙句に回復すんのに地球時間で半年掛かった、と』
呆れを隠そうともしない上司の声に、アラタは乾いた笑みを浮かべた。
『まあそうなるな。半年くらい誤差だろ、誤差』
『そりゃ俺らにとってはな』
母星の移住斡旋会社の上司エメラルダスは、アラタと同じヴェルデ族だ。時間感覚は共通している。
『けどな、地球基準だとそうはいかないだろ。半年も仕事すっぽかしてたら、色々支障が出るんじゃないか?』
指摘されて逸らした視線の先、大きな窓の向こうに広がる空には、秋らしいウロコ雲が浮かんでいる。
春の終わりに、身体の一部を犠牲にしてホーシャ族を葬った後。
休眠状態になったアラタがようやく回復を終え、意識を取り戻した時には、夏は終わり、秋も半ばを過ぎていた。
日付を確認したアラタが絶句したのは言うまでもない。
『支障は出まくりさ。配達の仕事は無断欠勤でクビ、しかもアパートも半年の間に取り壊しが決まって強制退去ときた』
『は? じゃあお前、今どこに住んでんだよ』
キジトラ顔のエメラルダスが、画面の向こうで片耳を倒す。アラタは黙って通信機を持ち上げ、カメラ部分で室内をぐるりと映した。
傷一つないアイボリーの壁に、お洒落なペンダントライト。床から天井までの大きな窓は東と南の2面、しかもその角には細い柱一本のみで、恐ろしく日当たりが良い。
その窓際には、ホモサピエンスが3人くらい乗れそうな大型のハンモック。床は全面無垢材で、そもそも部屋自体が元のアパートの倍以上の広さ。
備え付けの壁面収納にはシンプルだが質の良い男物の服がずらり。アラタが自分で買った分より、明らかに多い。
西の壁際には大きな棚付きの机が固定されていて、使わないときは天板の上にシャッターのようなものを下ろし、鍵を掛けられるようになっている。アラタが通信機を置いていたのは、この机だった。
『こりゃまた、随分とリッチな部屋だなオイ』
一通り状況を見たエメラルダスが、呆れたように呻いた。アラタは「だろ?」と頷く。
『しかも家賃は前のアパートと同額で良いんだとさ。至れり尽くせりってやつだな』
周囲に遮るものがなく、窓も常に綺麗なので日当たりも良好。ヴェルデ族にはこの上ない物件と言える。
エメラルダスが目を見開いた。
『何だそれ破格じゃねーか。どこだよそこ。そこにそんな好物件、あったか?』
アラタは端的に答えた。
『元霧市の超高級マンションの最上階。木栗成実と栗元楓の住居の一室だ』
『は!? おまっ…いつからヒモになったんだよ!?』
叫ぶエメラルダスに、アラタは顔を顰める。
『人聞きの悪いこと言うな。あと『ヒモ』って表現はやめろ、ホーシャ族を連想するから』
『お、おう、スマン』
いくら日本の俗語とはいえ、その単語は受け入れがたい。
『大体、俺は無職じゃないぞ。配達業者をクビになった代わりに、木栗家の警備会社に雇われたんだ。契約社員としてな』
『いつの間に…』
『俺も驚いた』
アラタが休眠状態になった後、成実たちはアラタの身体をこの部屋に運んだ。
少しでも回復を早めるためには日当たりが重要、そしてアラタのアパートに放置した場合、アパートの大家に踏み込まれて正体がバレる恐れがあると判断したからだ。
実際、その判断は正解だった。定期的にアラタのアパートの郵便受けなどを成実と楓が確認していたところ、夏にアパートの大家に呼び止められたのだ。
老朽化もひどいし、アパート経営をやめることにした。何度訪問してもアラタとは会えないし、合鍵で部屋に入ったら妙に片付いているしで困惑している、何か知らないか、と。
アラタの私物もマンションに移動させた後だったので、アパートの部屋は実質、もぬけの殻になっていたのが不幸中の幸いだった。
成実はその場で咄嗟に『アラタの身内』を名乗り、アラタは転職して社員寮に入ったと偽って、代理で退去手続きを行った。
木栗家のスタッフ──表向きは木栗家の経営する警備会社の契約社員としてアラタを雇ったのはその後だ。嘘から出た真、というやつである。その頃まだ、アラタは休眠状態だったのだが。
アラタの説明に、エメラルダスはヒゲを震わせて笑った。
『契約直後から休みまくりの契約社員とは、先が思いやられるな!』
『不可抗力だ、不可抗力』
実際アラタも、ここまで回復に時間が掛かるとは思っていなかった。身体の物理的な損傷や欠損はこれが初めてではないが、今まではもっと早く回復していたのだ。
考え得る原因は、
『アラタもとうとう劣化が始まったかー。気を付けろよ、早めに更新しねぇとすぐガクーッと来るからな』
『そこは太陽光のエネルギー不足を疑うところだろうが』
ニヤニヤ笑いながら分かり切ったアドバイスをしてくる上司に、アラタは渋面で応じる。
劣化とはつまり、ホモサピエンスで言うところの『老化』とほぼ同義である。
身体が衰え始めてから使い物にならなくなるまでの時間は個体によってまちまちだが、更新用の新しい身体を早めに用意しておくに越したことはない。ヴェルデ族の基本だ。
ただ、アラタの経験上、まだ今の身体が劣化し始めるのには早すぎる。最低でもあと数十年は持つはずだ。
『まあ冗談は置いといて、だ』
エメラルダスが不意に笑みを引っ込めた。
『真面目な話、お前本当に自重しろよ。ホーシャ族をホモサピエンスの一個体から安全に引きはがすために自分をエサにするとか、マジでただの狂気の沙汰だからな』
言葉が重い。アラタがうぐっと呻いていると、エメラルダスは溜息と共に続けた。
『ま、お前の気持ちも分からんでもないが。若いホモサピエンスの前で同族を殺すとか、キツすぎるだろうしな…』
『…』
エメラルダスも、アラタと似たような経験があるのだろう。移住斡旋会社の社員には、訳ありの者が多い。
『上司としては説教ものなんだがなー…』
思い悩むように耳を伏せて首を振るエメラルダスに、アラタはぼそりと呟いた。
『そもそも移住候補地の調査には、『現地住民及びヴェルデ族に危害を加える敵性体の排除』も含まれてるだろ』
『それな!』
ズビシ! とエメラルダスの肉球が画面いっぱいに突き付けられる。
『だから元駆除部隊のお前が適任だって話なんだけどな! でも物理的に身を削ってまで働けとは言ってないんだよ俺は!』
元駆除部隊。アラタも、かつては田中と同じ立ち位置で──翠耀体の統制を逃れる術もなく、翠耀体が死ぬまで前線で他種族と戦い続けていた。
アラタにとってはあまり掘り返してほしくない過去だ。正直、良い思い出はない。
『今回の件は、『誰も犠牲にならずに済んだ』──それで良いだろ。深く考えるとまた体表がカビるぞエメラルダス』
アラタが無理矢理話をまとめると、エメラルダスが瞳孔を全開にして悪態をついた。
『くそっ、報告書が作りにくい行動しやがって…!』
『オイ、それが本音か』
『決まってんだろ! 半年ぶりに、やーっと定期報告の通信が繋がったと思ったら状況変わり過ぎなんだよ畜生! 一個体だけ生活水準爆上がりしやがって! それを上に報告する俺の身にもなれ!!』
『知るか! それが上司の仕事だろうが』
『もうヤダこんな仕事──あっ、部長!? え、いや、何でもないです。ちょっとこう、背中にノミが──』
不意にエメラルダスが斜め後ろを向き、焦った様子で言い訳を始める。どうやら叫びが肉声として漏れていたらしい。
『あー、取り込み中みたいだし今日はこれくらいにしとくわ。また次回な、エメラルダス』
『は!? 待てコラ!』
裏切者ー! と画面にかじりついてくる涙目のエメラルダスと、その背後から何か大きな影が近付いてくる映像を最後に、アラタはそそくさと通信を切った。
「…ふう」
安堵の溜息をつき、窓の外を見上げる。
空は茜色に染まり、上空を飛ぶ猛禽の姿と高い雲が、静かに秋の深まりを告げていた。




