34 【終】笑顔の作り方
通信機を机に仕舞って鍵を掛けてから部屋を出ると、ソファーに座って何やら書類を読んでいた成実がパッと顔を上げた。
「仕事は終わった?」
「おう。次は1ヶ月後なんで、よろしく頼む」
「分かった」
警備会社の契約社員になったアラタだが、本来の上司であるエメラルダスとの定期連絡は外せない。そこは成実と楓にも了承を貰っている。
壁に掛かっている大判のカレンダーに予定を書き込むと、そのすぐ上の段に書かれている文章が目に入った。
『成実様 お誕生日』──どう考えても楓の字だ。
「誕生日…」
アラタが呟くと、ハッと成実が表情を変えた。カレンダーを見て、楓を見て、若干強張った顔でアラタに視線を戻し──
「えと、何をするわけでもないんだけど…楓、何で書いてあるの!?」
「私が書きたかったからです」
途中で目を合わせづらくなったのか、楓の方を向いて赤い顔で悲鳴じみた声を上げる成実に、楓が極めて冷静に胸を張る。
「ちなみに、ウチのスタッフたちの共有カレンダーにも登録済みです」
「マジか。……マジだな」
警備会社の契約社員として貸与されたスマホには、デフォルトでカレンダー機能が入っている。
スタッフのシフトや休日予定がびっしりと登録されているのだが、よく見るとその中に赤字で『成実様 お誕生日』と入っていた。アラタがそれを確認して呻くと、成実が自分のスマホを必死で操作し始める。
が、
「消せない…!?」
「情報統制班に依頼して、『編集不可』の属性で登録していただきましたので」
「そんなところに労力費やさないで!」
もはや成実は半泣き状態だ。ホモサピエンスの子どもだったら自分の誕生日が把握されていることを素直に喜びそうなものだが、二十歳を過ぎると羞恥心が上回るものなのだろうか。
如何せん、誕生日というものとは縁遠いので、アラタにはよく分からない。
微笑ましくも遠い目で姉妹のような2人のやり取りを見守っていると、成実がキッと眦を吊り上げてアラタを見上げた。
「アラタも何とか言って!」
「いや、そう言われてもな…」
眉を寄せてそれらしい表情を作り、
「誕生日を周知されて、困るものなのか?」
「え」
「いや、祝われるだけなんだろ? 普通」
「それは…そうだけど…」
成実が急に勢いを失った。視線を彷徨わせて、スマホに視線を落とす。
「…ウチの実家だと、誕生日は兄様と成長度合いを比べられる日、だから…」
「成実様…」
兄がいるとは初耳だ。楓が困ったように眦を下げているのを見るに、木栗家はなかなか面倒な家らしい。
アラタは溜息をついた。
「今年は誕生日に実家に帰る予定があるのか?」
「え? …ううん、一日中、大学の授業があるし、夜は街の巡回があるから」
木栗家の本家は、ここから車で一時間程度掛かると聞いている。予定が詰まっている平日に往復するのはきつい距離だし、実際成実も行くつもりはないらしい。
「それなら、何も気にしなけりゃ良いだろ。いつも通りに勉強して仕事して、まあ夕飯くらいは豪華なモン食えば良いんじゃないか?」
「で、でも、スタッフのみんなに知られちゃってるし…」
「祝われたら、笑顔で『ありがとう』とでも言っとけ。それで十分だろ」
一体どのように育ったら自身の祝い事で尻込みする性格になるのか。アラタは呆れ交じりにアドバイスする。誕生日そのものの経験はなくても、正しい対応くらいは推測できる。
楓が深く頷いた。
「そうですよ成実様。誕生日は皆で祝うものです。笑顔で応えていただければ十分です」
「笑顔…」
成実はとても深刻な顔で自身の頬に手を当てた。
「……笑顔って、どうやって作ったら良いの」
「お前重症過ぎるだろ…」
普段のぶっきらぼうで不機嫌そうな態度から、何となく予想はしていた。予想はしていたが、アラタには呻くことしかできない。
視線を彷徨わせると、楓と目が合った。助けを求めているような表情だが、そんな視線を向けられても困る。
「あー、とりあえず鏡でも見て練習すれば良いんじゃないか? まだ時間はある」
何とかそれらしい言葉を絞り出すと、楓の目に呆れが浮かんだ。
「適当過ぎます」
「苦情は受け付けんぞ、俺は同性どころか同種族ですらないんだからな。お前がアドバイスした方がよっぽど実用的だろうが」
「え!? ええと……」
水を向けられ、楓があからさまに動揺した。わずかに縋るようなニュアンスのある成実の視線を受けて、楓は暫し考えるように腕組みして、
「──その、鏡を見て練習するのが良いかと思います…」
「おい二番煎じ」
「し、仕方ないでしょう! 私だって意識して笑顔を作るのは苦手です!」
この主従、変なところで揃ってポンコツらしい。アラタは呆れを隠しもせずに溜息をつく。
「まあ木栗家のスタッフなら、わざわざ笑顔を作らんでも普通に礼を言うだけで伝わると思うが──何だその視線は」
気付くと、成実が真顔でアラタを見詰めていた。小首を傾げ、どこか不満そうに呟く。
「練習しろって言うけど、笑顔って練習したら作れるようになるもの?」
「できるぞ。少なくともそれっぽい顔は」
実際、アラタはネットワーク上でホモサピエンスの表情の情報を収集して分析し、感情に応じた表情を出せるよう、擬態した自分の顔をカメラで撮影して練習を繰り返した。今までおかしいと言われたことはない。
「じゃあ見せて」
「は?」
「見本。早く」
成実は妙に熱心に要求してきた。一体どうしたとアラタは戸惑ったが、別に見せても減るもんじゃないと考え直す。
「分かった。いくぞ──」
ネットワーク上で得た情報、その記憶を鮮明に再生し、顔のパーツを不自然にならないよう動かして理想の形に近付ける。
身体全体を擬態する時と同じだ。それほど難しいことではない。
…若干、いやかなり羞恥心がわいたが、それは心の隅に仕舞っておく。
「──こんな感じで……おい?」
「…」
「……」
完成した『笑顔』のアラタを見詰める成実と楓は、何故か無言になっていた。
思わず表情を崩してアラタが眉をひそめると、2人はハッと我に返る。頬が赤い。
「何だよ」
「え、ええと…」
「──アラタ」
動揺する楓をよそに、成実が頬を染めたまま深刻な顔で呟いた。
「その顔、外で再現するの禁止」
「は? 何で」
「破壊力が強すぎる」
「は、破壊力?」
突然物騒な単語が出てきた。戸惑うアラタに、成実は眉間にシワを寄せたまま深く頷く。
「特に若い女性が大勢いる場所でやるの禁止。絶対ダメ。分かった?」
「お、おう…」
正直よく分からないが、これは従った方が良さそうだ。
アラタはそう判断して、雇い主に頷いた。
──ちなみに。
アラタ自身は平々凡々な日本人男性に擬態しているつもりなのだが、その参考にした『ネットワーク上のホモサピエンスの画像』は、概ねタレントやモデル、つまり世間一般で言う『イケメン』の部類に入るもの。
その顔で作った『理想的な笑顔』である。当然、とんでもない美青年に見えていたのだが。
アラタ自身は、知る由もない。
というわけで、巻き込まれ系契約社員と草刈り機もどきを振り回す着ぐるみのお話、これにて終幕となります。
これの元ネタはですね、当方がX(旧Twitter)で呟いた
#胸に秘めたる書きたい話を挙げるべし見た人強制
『謎の着ぐるみ()と大学生が出会うヒューマン・ミーツ・未知の生物モノ』
…でございます。
大学生じゃなくて契約社員になりましたが。
ちゃんとヒューマン・ミーツ・未知の生物モノですよ!
ところでみなさま、読み始めた当初はどっちが『未知の生物』だと思っていましたか?
今回はこのへんのミスリードを狙ってですね、タイトルやあらすじを調整しておりました。
そっちかよ!と突っ込んでいただけていたら私の作戦は成功です。ありがとうございます。
ちなみに本作、当方初の『ローファンタジージャンルの長編』でございました。
現実世界準拠なので、風景の描写とかは結構いくらでも書けるんですが…ローファンタジーって難しいですね…!
何故でしょう。現実準拠って時点で何かブレーキでも掛かるんでしょうかね。
四苦八苦しつつも何とか書き上げましたので、楽しんでいただけましたら幸いです。
気に入っていただけましたら、ブックマークや☆、感想、レビュー等で応援していただけますと嬉しいです!
それではまた、どこかでお会いできることを願って!




