28 思い至った可能性
暫しの沈黙を挟み、田中が脱力したように深い溜息をつく。
「あー…身構えて損したぜ。まさか翠耀体がとっくの昔に死んでるとはな」
「過去の翠耀体より随分と生存期間が短かったようです。能力を使い過ぎたんでしょうね」
他星への侵略を強行した翠耀体は、過去の例の半分程度の期間で死亡した。
影響力の及ぶ範囲とその強制力は段違いだったから、あれで普通の翠耀体と同程度の寿命だったらと思うとゾッとする。
翠耀体の支配下に置かれたヴェルデ族によって殲滅された種族は決して少なくない。不毛の大地となってしまった星もある。
ホーシャ族という、他種族にとって厄介極まりない種族が他星へ進出するきっかけを作ってしまったのもヴェルデ族だ。この業は、この先ずっとヴェルデ族が背負うことになるだろう。
「──そういえば、田中さん。この星にホーシャ族が侵入していることはご存知ですか?」
「何?」
アラタが訊いた途端、田中の顔色が変わった。流石にそこまでは把握していなかったようだ。
固化体といえど、元は戦線に立っていたヴェルデ族。何か知見が得られるかと、アラタは詳細を説明し始める。
「地底ゴキ──って言って分かりますかね。ゴキブリを巨大化させたような、世間一般では知られていない生き物なんですが」
「ああ、それは分かる。きぐるみ様というか、木栗家が倒して回ってるやつだろ?」
「そこは把握してるんですね…」
「この星に来てすぐの頃、木栗家の先々代当主と知り合ってな。こっちの知識をいくらか渡す代わりに、色々便宜を図ってもらったんだ」
木栗家の先々代当主は、成実の曽祖父。一目で田中の正体を見抜いたらしい。なるほど成実のご先祖だなとアラタは納得する。
ただ成実とは異なり、成実の曽祖父は木栗家の他の者に対しても田中の正体を秘匿した。よって、成実の曽祖父が鬼籍に入った現在、木栗家に田中の正体を知る者はいない。
「で、まさかとは思うが…地底ゴキがホーシャ族の眷属になってるのか?」
「そのまさかです」
アラタは深く頷いた。田中が顔を引きつらせる。
「つーことは…宿主は十中八九人間、だよな?」
「どうでしょうね。野良犬の線も捨て切れないと思いますが」
できればそうであってほしい。願望が口を衝いて出た。
複数の出入口にホーシャ族の体組織化した眷属の痕跡があり、実際結構な確率で眷属化した地底ゴキと遭遇しているため、アラタたちはホーシャ族本体の居場所を絞り切れないでいた。
眷属の比率の変化からホーシャ族が今どんな段階か推定することはできるが、肝心の本体の居場所が分からなければ対処のしようがない。
その対処自体も、もし宿主がホモサピエンスだったらひどく後味の悪いものになるだろうが──アラタが苦い内心を吐露すると、田中はふむと顎に手を当てた。
「複数個所に体組織の痕跡があるっつーことは、まずホーシャ族本体の宿主は行動範囲が広いってことになるな」
「行動範囲が広い?」
「ああ。一ヶ所に留まって眷属から情報を集めてるっつーより、出先で適宜眷属を増やしつつ、体組織化したやつをその都度回収してるってことにならないか? そしたら、体組織の痕跡が1ヶ所に集約されないことにも説明がつく」
「確かに」
アラタは軽く目を見張った。
今まではホーシャ族本体は『動かない』という前提で考えていたが、行動範囲の広さはホーシャ族自体の運動能力ではなく、宿主の特性に依存するのだ。
ならば、複数の出入口に体組織の痕跡があるのは何ら不自然なことでは──いや、待て。
ある可能性に気付き、アラタの体表が一気に冷えた。
「…地底ゴキが、眷属…」
無意識に言葉が漏れる。真顔になったアラタに、田中が苦く笑った。
「気付いたか」
田中はとっくの昔に分かっていたのだろう。溜息をついて頷く。
「地底ゴキを眷属にできるって時点で、おかしいよな? ──普通、宿主の記憶にある生き物か、簡単に遭遇できる身近な生き物でなけりゃ、眷属化しようがないんだから」
ホーシャ族が眷属として選ぶのは、個体数が多く、宿主にとって身近で、その辺にいても不自然ではなく、行動範囲が広い生き物。
普通のホモサピエンスにとって、地底ゴキはまず『身近』ではないし、その辺をふらふらしていたら大騒ぎになる生き物である。そもそも地上への出没地点が限られているため、一般人ではまず遭遇することができない。
では何故、今回のホーシャ族は、地底ゴキを眷属にできたのか。
「…」
そこから導き出される結論を口に出す勇気はなかった。硬い表情で沈黙するアラタの肩を、田中が軽く叩く。
「まだそうと決まったわけじゃない。もしかしたら本当に、野良犬が宿主かも知れないしな。──けど、可能性の一つとして、調査してみても良いんじゃないか? 木栗家のお嬢さんとも繋がりがあるんだろ?」
「…そう、ですね」
アラタは辛うじて頷いた。
成実に話せば、彼女は迷わず調査の方向性を変えるだろう。
だがそれで万が一、ホーシャ族の宿主を見付けてしまったら──その対処法は宿主諸共『処分』することだと、あの年若いホモサピエンスに告げなければならない。
あるいは、自分自身が手を下すか。何か、ホーシャ族だけを引き剥がす上手い方法があれば良いのだが。
田中の家を辞した後も、アラタは考え続けた。
仲間に手を下すのは、あまりにもきつい。それはアラタが一番よく知っていた。
そうして──成実にその可能性を告げることができないまま、アラタは一つの結論に達した。




