27 苦い過去
「まあほとんど偶然なんだが。俺はある星の最前線でコアを損傷して、動けなくなったんだ」
ヴェルデ族の体内には、『コア』と呼ばれる部位がある。ホモサピエンスで言うところの心臓と脳を兼ねる部位で、通常、そこが損傷したら速やかに死ぬ。だが──
「で、その俺に別のヴェルデ族の身体が覆い被さった。そっちもコアを損傷した状態でな」
その言葉で、アラタはおおよその経緯を把握した。
「コア損傷時の特殊反応…複数個体の重合、ですか」
「ああ」
コアを損傷した状態で他個体と物理的に接触すると、ヴェルデ族の身体は速やかに混和を始める。損傷部分を補うために、コアも体組織もそれぞれ混ざり合う。
繁殖ミスで2個体が一体化し、1個体に生まれ変わるケースと似ているが、そちらは両者の記憶を引き継いだ別個体として誕生するのに対し、この特殊反応ではコアの損傷が少ない方の意識と記憶のみが残る。
仲間の身体を取り込んで生き残る、という解釈をしてもいい。
「意識はそのままでも、身体は別個体の体組織と混ざり合った『別物』だからな。丁度翠耀体からかなり離れていたのもあって、翠耀体の統制下から抜け出したんだ」
そうして『自由の身』となったかつての田中は、そのまま部隊を逃げ出した。
前線では死体が回収されずそのまま野ざらしになっていたことも、それを後押しした。たとえ死体が見付からなくても、状況から死亡と処理してもらえるだろう、と。
そのあたりの事情はアラタにも理解できた。当時の翠耀体の統制力は絶大だったが、その「他種族を殲滅せよ」という命令を忠実に実行しようとするあまり、実際の戦線の管理や支援は杜撰極まりないものになっていたのだ。
「どうしても、当時の翠耀体の意向にはもう二度と従いたくなくてなぁ。ヴェルデ族の影響力が及んでいない場所を目指した結果、ここに辿り着いた」
田中が前線で何を見たのか。具体的には分からないが、想像はできる。あの頃のヴェルデ族は──翠耀体の命令は、ろくなものではなかった。
それにしても、
「よく無事でしたね…」
アラタがこの星に来た際は母星の会社の全面バックアップを受け、物資も機材も十分な状態で長距離航行した。
だが脱走兵の立場では、そのような支援など望むべくもない。いくらヴェルデ族が強靭な種族だからといって、当時の母星付近の前線から地球への逃亡は、ほぼ自殺行為だっただろう。
アラタが呻くと、田中は苦笑した。
「そこは本当に運が良かった。まあ辿り着いた時には消耗し切って、休眠寸前だったんだが。──その後、縁があってこの星のホモサピエンスと知り合って…色々あって、俺は固化体になった」
ヴェルデ族の特性を失う代わりにホモサピエンスの身体特性を獲得した田中は、社会に溶け込み、ホモサピエンスと同じように生活し、結婚し、子をもうけ、年老い、そして今、ここにいる。
辛うじてヴェルデ族の知覚の一部は残っていたから、アラタがヴェルデ族だということはすぐに分かった、と田中は笑う。
「お前さん、擬態してるのは見た目だけだろ。動作の模倣は見事なもんだが…最初の頃は、時々虹彩の奥に緑色が見えてたぞ」
「え」
思わぬ指摘に、アラタはギョッと目を見開く。流石にそこまでは把握していなかった。
田中以外にも気付かれてはいないか、いや、光彩が一瞬緑色になっていたとしても目の錯覚だと思うはずだ──必死に自分に言い聞かせる。この星には、瞳孔サイズが変化する生き物はいても光彩の色が瞬間的に変わる生き物はいない。
「──で、どうする?」
ひとしきり笑った田中が、不意に真顔で腕組みした。
「脱走兵、発見だ。報告義務があるだろ」
口元は笑んだままだが、目はどこか苦いものを含んでいる。
確かに、あの頃ならそうだろう。だが、アラタは首を横に振った。
「その必要はありませんよ。あの翠耀体は、とっくの昔に死にました」
不幸中の幸いと言うべきか、特殊な能力を持つ代わり、翠耀体は新しい身体を作ってそちらに意識を移すことはできないし、繁殖能力もない。個体としての寿命が明確に存在する。
侵略を推進していた翠耀体は少し前に寿命を迎え、ヴェルデ族は種族としての方針を真逆に転換した。
「死んだ…?」
「ええ。──今はもう、ヴェルデ族は他星への侵略なんぞしてません。現地の知的生命体に擬態して社会に溶け込むって方向で移住を推進してます」
だから、田中のことを母星に報告する義務はない。まして彼は通常のヴェルデ族ではなく、固化体だ。つまり──
「そもそも田中さん、貴方はあと数十年で寿命を迎えるでしょう? もうヴェルデ族の身体には戻れないわけですから」
固化体は、ヴェルデ族としての身体特性を失い、擬態した他種族とほぼ同等の性質を得る。
田中の場合はホモサピエンスの姿に固化しているから、ただただ、ホモサピエンスとして成長して年老い、寿命を全うするだけだ。
長くても精々、地球時間で100年程度。田中の外見を見る限り、既に折り返し地点は過ぎている。
そんな状態の『元ヴェルデ族』の存在を今の母星に報告したところで、何か起こるわけでも、何かできるわけでもない。
「このままただの『田中さん』として、ホモサピエンスとしての人生を平穏に過ごしてください。…駆除部隊の脱走兵だというならなおさらです」
声に苦いものが交じった。それを聞き逃さなかったらしく、田中が軽く目を見張る。
「もしかして、お前さんも経験者か?」
「…ええ、まあ」
当時、翠耀体の影響下にあったのは全ヴェルデ族の半数以上。アラタもその中に含まれていた。
正直思い出したくもないが──
「色々、ありましたから。そのお陰でこうして仕事ができているので、まあ無駄ではなかったと…思いたいですね」
「…そうだな」
無駄ではなかったと断言できない程度には、整理し切れないものがある。
アラタの呟きに、田中が呻くように同意した。




