26 思わぬ正体
数日後の夜、アラタは配達の仕事で再び田中の家を訪れた。
田中宛ての荷物は結構な頻度で送られてくる。身内からの荷物や通販で買ったらしい商品など、内容も様々だ。
ただ、普段は午後に時間指定されていたのが、今回だけは夜の一番遅い時間帯の指定になっていた。珍しいこともあるものだと思いつつ、アラタは車で田中の家の敷地に入った。
荷物を抱えて呼び鈴を鳴らすと、パッと玄関の明かりがつく。
「田中さん、お届け物です」
「おお、おつかれさん」
時間帯の関係もあってか、顔を出した田中はいつもの農作業スタイルではなく、ポロシャツ姿だ。
いつもより一段気の抜けたような表情なのは、やはり夜だからか。
「いやぁスマンな、こんな時間に」
「いえ、仕事ですから」
ちゃんと受け取れる時間を指定してくれるのであれば、再配達の手間が減るのでかえってありがたい。アラタは笑顔で荷物を差し出し──受け取る田中の手が、指先に触れた、瞬間。
「──っ!?」
体表にさざ波が立った。アラタは目を見開いて硬直する。
静電気にも似たその感覚を、アラタはよく知っていた。同族、ヴェルデ族の他個体と接触した際に生じる同調振動だ。
だが、目の前の田中はホモサピエンス。動揺を押し殺して正面に視線を戻し、
「…え」
アラタはその認識が間違っていたことを知った。
田中はアラタと同じように目を見開いていた。その眼球、茶色掛かった黒だったはずの光彩が、緑色に変色している。
「あー…油断したな」
田中が苦笑した。
「触れなきゃバレないはずだったんだが」
頭を掻く時には、もう元の黒茶の光彩に戻っている。どこからどう見ても、ごく普通のホモサピエンス、日本人男性だ。アラタのヴェルデ族としての知覚にも引っ掛かるものはない。
だがそれこそが、答えだった。
「──ヴェルデ族の、固化体、だったんですか」
確信を持ってアラタが呟くと、荷物を小脇に抱えた田中はあっさりと頷いた。
「ああ。──こんなところで立ち話する内容じゃあないな。ちょっと寄ってけ。あ、仕事は平気か?」
「今日の配達はこれが最後なので」
平気ですよ、と応じて、アラタは玄関の中に入った。
「お前さんが言った通り、俺はヴェルデ族の固化体だ」
土間の奥、上がり框に腰掛けた田中は、そう言って自分の身体を示した。
固化体──他種族の身体を精密に再現して擬態し続け、結果、ヴェルデ族としての身体特性を失った個体。気配や体温、生理学的特性も擬態した他種族とほぼ同一となるため、直接接触した時の同調振動と外見の瞬間的な揺れ以外、判別するすべはない。
しかし、少なくともアラタが把握している限り、この星にヴェルデ族が派遣されたのはアラタが初めてだったはずだ。その疑問を見透かしたように、田中は苦笑する。
「もう40年近く前になるか…俺は単身、この星に流れ着いた。固化体になったのは、その後すぐだ」
「流れ着いた? 意図して来たのではなく?」
「ああ。…といっても、半分は意図的というか…」
頭を掻く仕草はごく自然。40年この姿でいるというのは嘘ではないのだろう。そう冷静に観察しつつも、頭の中では疑問が渦巻く。
地球時間で40年。長いようで短い。この星が移住候補地に挙がったのはごく最近だし、それ以外の意図で来るような場所でもない。
では何故、田中はこの星にやって来たのか。
(──いや待て、40年? その頃はそもそも、ヴェルデ族の方針自体が『移住推進』じゃなかったはず──)
「──俺は駆除部隊から脱走したんだ」
「…は?」
アラタはぽかんと口を開けた。
言葉の意味が理解できなかったわけではない。理解できたからこそ、予想外過ぎて思考が止まった。
「駆除部隊って…まさか、翠耀体の統制を免れたんですか?」
ヴェルデ族が他種族に紛れ込みながら平和的に他星に移住するようになったのは、比較的最近の話だ。
一昔前まで、ヴェルデ族は武力を伴う形で他星に進出していた。『侵略』と言い換えてもいい。
全員が全員、その方針に賛同していたわけではない。だがヴェルデ族の特性上、当時はそれに反対できる者はいなかった。
ヴェルデ族には、繁殖の過程で稀に特殊な個体が生まれることがある。
翠耀体──他のヴェルデ族の行動を制限し、束ね、一つの『群れ』として自在に使役する、そういう個体だ。
その能力は絶大。影響を受けた他個体はどんな意思を持っていようと翠耀体の命令に従うようになる。
当時存在していた翠耀体は非常に好戦的な性格で、積極的に他個体を統制下に置き、他星に派遣して現地の知的生命体を駆逐していた。
その他星に派遣されていた者たちのことを、『駆除部隊』と呼ぶ。
「統制を免れたというか…振り払ったというか…」
田中は歯切れ悪く呟いた。『振り払った』などと簡単に口にしているが、普通のヴェルデ族が翠耀体の支配から逃れる術はない。一体どういうことなのか。




