25 サンプリング
「成実様、行けます」
「分かった」
倉庫の間の細い通路の入口で、警備員の格好をした木栗家のスタッフが右手を挙げている。
成実──きぐるみ様はすぐに車を降りた。その手には、いつもの草刈り機もどきが握られている。
そうしてきぐるみ様が現場に入れば、事が終わるのはあっという間だ。
5分もしないうちに、入口に立つスタッフが右手を下ろした。左手が挙がり、今度はアラタが車を降りる。
「確認をお願いします」
「了解した」
スタッフに頷き細い路地に入ると、きぐるみ様が草刈り機片手に佇んでいた。
分かってはいたが、目を赤く光らせた猫の着ぐるみが凶器を手に月明かりに照らされている光景はちょっとしたホラーだ。ホモサピエンス風に表現するなら、心臓に悪い。
なおアラタが手を加えたことにより、きぐるみ様の形態はきちんと『猫』と認識できるようになっていた。これに関してスタッフたちから感謝されているのは成実には秘密である。
「今日は5体」
「おう」
きぐるみ様の淡々とした声に応じて、アスファルトの上に転がる地底ゴキの死体の前でしゃがみ込む。
1体目は普通の死体、2体目は──
「…当たりだな」
「!」
アラタの呟きに、スタッフの一人が素早く駆け寄って来た。大きめの瓶を受け取り、アラタは素早く地底ゴキの死体をその中に入れる。
蓋を閉めたところで、瓶の中の死体に異変が生じた。黒光りしていた身体が急に色あせて形を失い、その後、紐状に形を変えながら紫色に染まっていく。
その紐は瓶の内壁をよじ登ろうとして、ぱたりと倒れた。
ホーシャ族の体組織と化した眷属そのものは、それほど強力な存在ではない。地上にいればその移動速度は驚くほど速いが、ガラス瓶を割る力はないし、内側から蓋を開ける器用さもない。
ちなみに、眷属が生きている間に眷属か否かを判別する方法は、現状、アラタも成実たちも持ち合わせていない。
アラタは今、死んだ眷属がホーシャ族の体組織と化す時の独特のエネルギーを察知して『当たり』を判別した。ヴェルデ族ならではの方法だ。
「ほらよ、サンプル」
「ん、貰う。──解剖班に提出して」
「はっ!」
アラタからホーシャ族の体組織入りの瓶を受け取ったきぐるみ様が、スタッフに瓶を渡す。
曰く、木栗家の解剖班──未知の生物の研究を担っている部署が、地球外生命体のサンプルを欲しがっているのだそうだ。
ヴェルデ族のサンプルことアラタを差し出すわけにはいかないので、ホーシャ族の体組織を渡すことにした、と、以前成実は真顔で説明していた。
アラタからすると、『ヴェルデ族のサンプル』って何だと突っ込みたいところだが──言ったら最後、何が出てくるか分からないので黙っている。
なお、ホーシャ族の眷属が変質した体組織は、本体と合流できなかった場合、数時間で生命活動を停止する。解剖班には、完全に動かなくなってから引き渡すことにしているそうだ。まだ動いているうちに引き渡したら何をしでかすか分からないらしい。
それは本当に味方なのだろうか。
「アラタ、他は?」
「ああ──」
残り3体も確認したところ、全て通常の地底ゴキだった。
アラタは内心、胸を撫で下ろす。先日ここで出現した地底ゴキの死体は1体も回収できなかった──つまり、全個体がホーシャ族の眷属と化していたと思われるので、今回も同じかと身構えていたのだが。
これまでの状況から考えるに、
「眷属化の割合は、地上に出て来る地底ゴキの3割ってところか」
「ん。…結構多い?」
地底ゴキの死体の処理をスタッフたちに任せ、きぐるみ様が首を傾げる。アラタも同じように首を捻った。
「どうだろうな…何とも言えん」
ホーシャ族には、眷属化するのは単一種族に限るという性質がある。
地底ゴキを1匹眷属化したら、以降、そのホーシャ族本体が眷属化するのは地底ゴキのみ。別種族を眷属化しようと思ったら、それまで増やしてきた眷属を一度全て手放さなければならない。
複数種族を眷属化すると、遠隔制御が上手くできなくなるから、らしい。
「地底ゴキの総数が不明だからな。地上に出てくる個体の中の眷属の割合が変化するかどうかで、状況を推定するしかない」
「割合が変化するかどうか?」
「例えば、今後、地底ゴキの中の眷属の割合が減っていく場合は、ホーシャ族が新たな眷属を増やしていないと推定できる」
逆に、地底ゴキの中の眷属の割合が増えていく場合は、ホーシャ族が積極的に眷属を増やしているということになる。
危険なのは眷属の割合が減っていく場合の方だ。
ホーシャ族本体がきぐるみ様を警戒して動きを抑制している可能性もあるが、それ以上眷属を増やす必要がない──つまり、既に本体が分裂するのに十分な力と情報を蓄えていると考える方が自然。末期状態である。
「割合って言っても、その都度結構ばらつきがあるんだけど」
成実の不満そうな声が、きぐるみ様の頭部から漏れた。アラタは当然だろと頷く。
「相手は生き物だ。地上に出てくる奴らなんか──何つったっけか──あ、アレだ、『氷山の一角』。本当の全体像なんざ分かるわけないんだから、なるべく多くのサンプルを拾って傾向を見ていくしかないだろ」
「…ウチの教授と同じようなこと言ってる…」
ぼそり、愚痴じみた台詞が聞こえた。
成実は元霧大学の学生、それも人間に関わる植生の調査をしていると聞く。サンプル数が大事なのは同じだろう。
「対象が地底ゴキだけなんだからまだマシだろ。しかもお抱えのスタッフもいる」
アラタが言うと、そうですよ、と近くにいたスタッフの一人が頷いた。
「我々では眷属の判別は難しいですが、死体の数が合わないという事象ならば把握できます。成実様は、いつも通り活動してください。アラタさんもいますし」
「…そうだね」
「当たり前の顔で俺を戦力にカウントするんじゃない」
俺だって忙しいんだよ、というアラタの抗議は、綺麗に黙殺された。
ここから終わりまで、連続投稿に入ります!
1時間に1本掲載、完結は本日20時10分の予定です。
よろしければお付き合いくださいませ。




