24 ヴェルデ族の特性
その日の夜、アラタは成実たちとの集合場所に田中から貰った野菜を持ち込んだ。
「これ、やる」
「…キャベツ?」
「と、さやえんどうですね。随分と立派な…」
「田中さん──ほら、前に神社で会った人、いただろ? 今日荷物の配達に行ったら、「採れ過ぎたから」っつってくれたんだ」
「ああ、あの人」
「農家の方でしたか」
2人はすぐに納得の表情を浮かべた。アラタは肩を竦める。
「俺は食べないからな。そっちで美味しくいただいてくれ」
「1個も食べないのは礼儀に反すると思うけど」
成実が少し困った顔をした。が、そこはアラタも織り込み済みだ。
「キャベツの外葉とさやえんどうをいくつかは食べた。スーパーで売ってるやつより糖度が高いぞ、多分」
試食の感想が独特なのはご愛敬である。ヴェルデ族はホモサピエンスとは感覚が違う。
「食べたの? 生で?」
「おう」
「料理した方が美味しいと思いますが…」
「ヴェルデ族は、味覚があるようで無いからな」
どのような成分が入っているかは分解する過程で判別できるが、それが『美味しい』という感覚に結びつかない。食事を原則必要としない種族ゆえの特性だ。
「じゃあ、『味わう』って感覚が理解できない?」
「あー…完全に理解不能ってわけじゃないけどな」
首を傾げる成実たちに、アラタは身振りで自分の身体を示す。
「今は外見だけをそれっぽく似せているんだが、その気になれば細胞レベルまで擬態できる。そうすると、味覚や嗅覚なんかも疑似体験可能だ」
神経組織まで再現するので、感覚もその生物に限りなく近くなる──理論上は。
「そこまでできるのなら、その状態で暮らした方が正体がばれるリスクが減って楽なのでは?」
「そうでもないぞ。まず、そのレベルまで擬態するのに数時間掛かる」
「えっ」
「しかもずっとその姿を維持していると、本来の姿に戻れなくなる」
全く別の生き物の生命活動を忠実に再現し続けることにより、ヴェルデ族本来の特性が失われる。
ヴェルデ族は、これを『固化』と呼んでいる。コアの破壊による死亡、別個体との混和と並び、ヴェルデ族の個体数が減る理由の一つだ。
アラタは『ヴェルデ族の移住斡旋会社の社員』としてこの星に来ているので、ヴェルデ族でなくなるのは致命的。よって、多少のリスクは承知の上で表面だけの擬態に留めている。
それにな、とアラタは続けた。
「完全に擬態するためには、対象となる生き物を、この手で、細胞レベルまで解析しなきゃならないんだよ。──この意味、分かるか?」
「…もしかして」
成実と楓の顔が強張る。アラタはゆっくりと頷いた。
「平和的に社会に紛れ込もうとしてるのに、そこの住民を擬態のサンプルとして殺してたら、本末転倒だろ?」
「…」
文献やネットワークから得られる情報には限りがある。細胞レベルまで擬態しようと思ったら、『見本』を分解・解析することが必須だ。当然、分解される『見本』は死ぬことになる。
アラタは頭を掻いた。ちょっとした世間話で、ここまで重い話を教えるつもりはなかったのだが。
「あーまあ、とにかくな。そういうわけだから、この野菜は美味しく食べられる奴が美味しく食べてくれ。以上」
ビニール袋を半ば強引に楓に押し付ける。
「…分かりました、ありがたくいただきます」
「ん。貰っておく」
「おう」
その後はいつも通りの夜間巡回だ。猫の着ぐるみを装着した成実と共に、楓の運転する車で元霧市内を巡る。
地底ゴキの出入口周辺は、木栗家のスタッフたちが交替で見張っている。地底ゴキの行動には一定の法則があるので、きぐるみ様はその日地底ゴキが出現しそうな場所を中心に巡回し、地底ゴキの動きを探ると共に、新たな出入口が出来ていないか調査しているのだ。
一見すると、車の中でぼーっとしているようにしか見えないのだが。着ぐるみの中で術を使っている、らしい。
ヴェルデ族の感覚をもってしても、成実が何をしているのか全く分からない。
擬態していると多少感覚が鈍るとはいえ、X線や電波などを発していたら感知できるはずなのだが、きぐるみ様からは何も感じられない。
そういえば、きぐるみ様の姿がカメラに映らない原理もよく分からないしな──と、アラタは少々遠い目になる。
どうも木栗家というのは、ホモサピエンスの常識の範疇からも、ヴェルデ族の常識の範疇からも外れているらしい。アラタは最近、それを理解しつつあった。
「楓、倉庫方面へ向かって」
成実が唐突に呟いた。
「来てる。数は3から5」
「承知しました」
車がすぐに進路を変えた。併せて、楓がハンドルに付属するボタンを押し、スタッフたちへ指示を飛ばす。
「倉庫方面にきぐるみ様が向かいます。人払いを」
『承知しました!』
返って来るのは無線通信での返答だ。電波が飛び交うのを、アラタは体表の感覚で感知する。
程なく、車は住宅街の路地で停車した。




