22 アラタの懐事情
それから、アラタの日常に『きぐるみ様の夜の巡回への同行』が加わった。
後日報告を受けた移住斡旋会社の上司エメラルダスは「何をどうしたらそうなるんだよ」と唖然としていたが、心配は不要、アラタにも何が何だか分からない。
はっきりしているのは、この件に関してアラタに拒否権はない、ということである。
ただ、良いこともあった。バイト代が出るのだ。
「はい、今日の分」
深夜1時過ぎ、市街地で地底ゴキの『処理』を終え、走り出す車内で成実が差し出した封筒を、アラタは両手で押し頂いた。
「ありがたき幸せ…!」
配達業者の給料と異なり、こちらの仕事は現金支給の即日払い。しかも、元の時給設定が高めな上に深夜帯の割増賃金付き。
地底ゴキが現れたら処理された後の死体のチェックなどを任されるが、戦いの前線に立たされることもない。アラタにとっては大変オイシイ仕事である。
「…すごい喜びよう」
夜の巡回にアラタが同行するのは、これで5回目。
成実と楓にはドン引きされているが、アラタは毎回、畏まった態度でバイト代を受け取っていた。感謝の表明は大事だ。
「いや、実際現金が貰えるってありがたいことだからな? 生活水準の向上的な意味で」
契約社員なので、配達業者の基本給はそれほど高くない。ヴェルデ族の特性上、食費はかからないが、電気代やアパート代、衣料品などの購入費はそれなりにかかる。実は家計にあまり余裕はない。
このバイト代のお陰で、今年の夏は冷房の設定温度をもう1、2度下げられるかも知れない──生物学的な耐熱温度はホモサピエンスよりよほど高いというのに暑さを嫌うアラタが希望ある未来に思いを馳せていると、成実が首を傾げた。
「…母星の企業からも、給料貰ってるんでしょ? 移住斡旋会社、だっけ」
「そう。それな」
アラタはフッとニヒルな笑みを浮かべた。
「給料は出てる。何だったら、危険手当みたいなやつも付いてる」
「危険扱いなんだ」
「未知の星に単独で潜入するわけだから、一応な。──で、問題は」
指を一本立て、真面目な顔を作り、
「その給料、全部、あっちの通貨単位で、あっちの銀行口座的なやつに振り込まれてるってことなんだよ」
「え?」
移住斡旋会社はあくまで母星の企業なので、当然、給料は母星の通貨で支払われる。こちら──地球、日本の通貨で支払おうにも、母星には日本円の入手方法自体がなく、両替もできない。
そして、母星の銀行口座的なものに振り込まれる以上、その給料を、こちらで使う方法は、ない。
「じゃあ、そっちの給料は貯まるばっかり、ってこと?」
「おう」
「こちらでの生活費はどう──ああ、だから配達の仕事を…」
車を走らせながら、楓が合点がいったという表情を浮かべる。納得というより同情に近いニュアンスだが。
アラタは「そういうことだ」と頷いた。
「生活費は現地で自分で稼ぐ。生活に必要な物は自分で揃える。だから、現地通貨はいくらあっても良い」
重々しく呟き、両手で封筒を掲げる。本日の稼ぎもなかなかよろしい。
「スマホの通信費とか、馬鹿にならないしな…」
配達業務の時には専用の端末が貸与されるが、アラタは個人のスマホも持っている。ホモサピエンスの20代から30代を想定した外見なので、スマホを持っていない方が不自然だろうと思ったからだ。
実際、コード決済や各種情報収集、配達の仕事のシフト変更連絡など、かなり役に立ってはいる。
が、役に立つ故に通信量が多く、毎月の支払いが地味に痛い。涙がちょちょ切れるとはこのことだろう。
アラタが遠い目をしていると、成実が考える表情になった。
「…ウチからスマホを貸し出しても良いけど。バイトというか、協力者って名目で」
木栗家では、スタッフたちに1人1台スマホを貸し出している。緊急時の連絡用であり、私用に使うことは大っぴらには推奨していないが、実際自由に使っている者も多い。
なお、通信料は本家持ち、つまり無料である。
「マジか」
「でも、通信内容は本家に筒抜けになる」
ぼそり、成実が付け足したデメリットに、アラタの顔が引きつった。
「そんなプライベートガン無視なスマホ、要らんわ! それ絶対通信内容を通して俺の生態観察しようってハラだろ!」
「…チッ」
「舌打ちすんな!」
結局──何だかんだで成実が同情したらしく。
地底ゴキの死体を検分した場合、アラタのバイト代に『調査費』が上乗せされることになった。




