17 ホーシャ族
「この場所の地底ゴキの出入口が、これ」
アラタの隣にしゃがみ、成実が呟く。赤みを帯びた黒い目が、奥を見通すようにじっと隙間を凝視する。
「地下の構造は詳しく分かってないんだけど、いくつかの出入口は繋がってるっぽい。──楓」
「はい」
成実が差し出した手に、楓がサッと紙を渡す。
折り畳まれていたそれは、この元霧市の地図だ。丁寧に折り目を伸ばしながらアスファルトの上に広げ、成実はその中の一点を指差した。
「今いる場所が、ここ」
住宅街の一角。そこには、青いバツ印が書かれている。
「──で、どうもここと繋がってるらしい出入口は、ここと、こっち、あとこれ」
アラタが初めてきぐるみ様と遭遇した用水路脇の歩行者専用通路、商店街の裏通り付近、郊外の田んぼの中にある神社。いずれも青いバツ印で、市の東側に偏っている。他方、西側には赤いバツ印が3つ。
「繋がってるって、よく分かったな」
「仕留め損ねた個体が、後日別の穴から出てきたことがあって。あと、地表から1メートルくらいの範囲だったらウチの術で構造解析できるから」
経験則と独自技術の合わせ技らしい。
ホモサピエンスもなかなかやる、とアラタは内心唸る。技術レベルや技術体系はともかく、自分にできることを駆使する姿勢は嫌いではない。
「ホーシャ族がこの穴の向こうにいるとして…ホーシャ族って、地下で生きていられるもの?」
「いや、単体での生存条件は結構シビアだったはずだ」
半寄生生物なだけあって、ホーシャ族自身の身体は結構軟弱だ。暑さにも寒さにも弱く、水に落ちたら死ぬし、乾燥した大気中では長時間活動できない。
「他の生物に寄生しようにも、一定以上の大きさの生き物じゃないと定着できないからな。眷属にするだけならともかく、ホーシャ族自身が地底ゴキに寄生してるって線は薄い」
地下でひっそり生きている可能性と、地底ゴキに寄生している可能性は否定する。
体組織に変質した眷属が穴に入っていった痕跡があることから考えるに、
「ここと繋がってる他の出入口付近に、何かに寄生した状態でホーシャ族が潜伏してる可能性が高いだろうな」
「寄生した状態…」
楓が微妙な顔で呟く。
言いたいことは分かる。問題は、『何に寄生しているのか』だ。
「…地底ゴキには寄生できないなら、どれくらいの大きさなら宿主にできるの?」
成実が踏み込んできた。
「あくまで一般論だが…そうだな、最低でも中型犬以上、ってところか」
体重ベースでおおよそ10キロ、そのあたりがボーダーラインだ。それより小さい個体では体積が足りず、ホーシャ族に寄生されると身体が持たない。よって、ホーシャ族も最初から寄生先の候補に入れない。
とはいえ、そんな事実は何の慰めにもならないだろう。アラタの言わんとすることを察したらしく、成実と楓は表情を硬くしている。
中型犬以上、ということは。
「……人間に寄生している可能性は、ある?」
成実の口から放たれた重い問いに、アラタは頷いた。
「ある。──というか、個体数を考えたらその可能性が一番高い」
胸中に苦いものを感じる。アラタもホモサピエンスではないとはいえ、この街にそれなりに長く住んでいる。配達先などの関係で知り合いも多く、この社会に愛着もある。
この街の誰かがホーシャ族に寄生されている、その可能性が高いと分かってはいても、その予測は外れてくれと思わずにはいられない。
何故なら、一度ホーシャ族に寄生された生き物は──その後の生存が絶望的だからだ。
ホーシャ族が十分力を蓄えたら、宿主を喰らい尽くす。その場合当然、宿主は死ぬ。
だがその前段階、寄生中に発見されたとしても、宿主の体組織とほぼ同化しているホーシャ族を取り除くのは困難を極める。
外科的に除去しようとしてもその組織が宿主のものなのかホーシャ族のものなのか判別するのは困難な上、ホーシャ族は身の危険を感じて進退窮まった時、速やかに逃走を図るのだ。──宿主の身体を引き千切りながら。
昔、別の星で、アラタもその現場に出くわしたことがある。ホーシャ族が神経組織から離脱する刺激で宿主の身体は暴走し、それが治まった後の現場はひどい有り様だった。
逃げようとしたホーシャ族もその暴走に巻き込まれ、諸共ミンチになっていたのは不幸中の幸いと言うほかない。
もっと凄惨な出来事もあったが──見逃しても地獄、対処しても苦いものが残る。ホーシャ族とはそういう存在なのだ。
「…そっか。分かった」
成実が静かに息をつき、感情の読み取れない顔を楓に向けた。
「楓、商店街に調査員を。人が多い場所の方が潜伏しやすいはずだから」
「承知しました」
この出入口と繋がっているのは、用水路脇の通路と商店街の裏通りと郊外の神社。いずれも人の生活圏内だが、人口密度は段違いだ。可能性の高い方から調べていく、と成実は指示を出す。
「ホーシャ族が寄生しているかどうかは、見た目じゃ分からんぞ?」
アラタは首を傾げたが、成実はあっさりと答えた。
「ウチの一族には、あんたの擬態を見破った術がある」
「……そうでした」




