15 別の場所での異変
案の定、成実は翌日もアラタのアパートへやって来た。
「地底ゴキの死体が足りない」
「またかよ」
当然という顔で部屋に上がり込んだ成実は半眼で呟き、アラタは溜息をつく。
アラタがきぐるみ様に出くわした現場では、3体始末したはずなのに2体分の死体しか見当たらなかった。今度は、4体倒したはずなのに1体分も見付からなかったのだという。
「確認する場所を間違えたんじゃないか?」
「ウチのみんなはそんなヘマしない」
成実の目つきがさらに一段、険しくなる。
昨夜はいつも通りの定期巡回。想定通りの場所で、想定通りの時間に、成実はきぐるみ様として活動した。
そしてきぐるみ様が楓の運転する車で引き揚げた後、現場処理班のスタッフが後始末に入ったのだが──体液の痕跡すら、見付からなかった。
きぐるみ様が去ってからスタッフが入るまでの間、わずか数分。まさに狐につままれたような状況だ。
「私がうっかり切っちゃった雑草はそのまま残ってたから、場所が違ったわけじゃない。でも、地底ゴキだけが見当たらない」
成実の眉間に、キュッとしわが寄る。
「死体を研究所に提出しないと、報酬が貰えないのに」
「そんなシステムなのかよ…」
まさかの成果報酬制である。アラタは呆れて呟いた後、うん? と首を傾げる。
「つーか、そんな内輪の情報、部外者の俺に漏らして良いのか?」
すると、成実は真顔でアラタを見上げた。
「かくなる上は、ヴェルデ族のサンプルを引き渡すしかないかなと」
「安易にサンプル扱いすんな! ──ああもう! 分かった!」
成実が期待していることを察して、アラタは諸手を挙げた。降参。
「その現場に連れてけ! 何も分からん可能性の方が高いが、何か分かるかも知れん!」
「ん。よろしく」
成実の目がきらりと輝く。
なし崩しにきぐるみ様の活動に巻き込まれている気がしないでもないが、アラタはそれ以上考えないことにした。
午後からは配達の仕事があるため、同行できるのは昼まで。
そう約束して向かった現場は、市街地の東、住宅街の一角だった。
住宅街といっても、左右に立ち並ぶのは古い倉庫。小道は、そこだけ時代に取り残されたように寂れていて薄暗い。
「右も左もウチの土地だから、基本、誰も近寄らない。遠慮なく調べていいよ」
「地主かよ…」
さらりと言う成実に、アラタは顔を引きつらせる。
考えてみたらこの娘、この街一番の高級マンションのVIPエリアに住んでいるのだ。実家は代々続く特殊なお役目を担う家柄。金持ち土地持ちなのは当然だった。
(羨ましくなんかないぞ、畜生)
この星、この国ではしがない配達業者の契約社員でしかないアラタとは、住む世界が違う。
アラタは内心涙を呑みつつ、現場に向き直った。
左右は身長より高い塀。道幅は2メートル少々だろうか。普通車なら通れそうな幅だが、道の出入口にポールが2本立てられていて、車は入れないようになっている。
「一昨日の現場も歩行者専用通路だったが、何か意味があるのか?」
アラタが訊ねると、成実はこくりと頷いた。
「地底ゴキは金属を好むから、車が通るとそれに飛びついて、遠くまで運ばれる可能性がある」
「は? 待て、走ってる車に飛びつくのか?」
「そう」
声は淡々としてたが、表情は深刻だった。成実の横に控える楓も、眉を寄せて首を横に振る。
「あの見た目ですから」
「あー…」
道幅が狭ければ、車は自然と徐行する。大通りに出る前には一時停止くらいするだろう。その隙を見て車体に張り付くくらいは普通にできそうだ。何せ巨大ゴキブリである。
そうなると、発生ポイントを車進入禁止エリアにするのはごく自然な成り行きだ。
歩行者含め、完全に立ち入り禁止にしないのは、かえって興味を持って侵入してくる向こう見ずが現れる恐れがあるからだろう。
入るなと言われれば入りたくなり、やめろと言われればやりたくなる。知的生命体の性である。
ともあれ成実が言った通り、道の端、アスファルトの隙間から生えるススキの葉が、何枚かスパッと切られていた。これが例の草刈り機でうっかり刈ってしまった部分だろう。
普通の草刈り機よりはるかに鋭利な切り口だという事実からは目を逸らしておく。
(ここで草を刈ったってことは──)
初めて遭遇した時に見た草刈り機の振り回し方と、ススキの切り口の向きから逆算して、アラタはススキから半歩ほど離れた地面を指し示した。
「この辺で1体処理した、ってことでいいか?」
「正解。よく分かったね」
「雑草の切れ方で、大体な」
しゃがんで観察してみても、地底ゴキの体の破片どころか、体液の跡すら見当たらない。
成実の案内で残り3体を始末した地点も確認してみたが、一ヶ所草刈り機の刃でアスファルトが傷付いていた以外は、やはり見た限りでは何の痕跡もなかった。
「…これは厄介だな…」
立ち上がって路地全体を見通し、アラタは呻く。
成実が首を傾げつつ、そんなアラタを見上げた。
「やっぱり、何も分からない?」
「いや、逆だ」
「逆?」




