14 定期通信
その後──まだ情報はあるはずだと迫る成実と関係者たちを何とかあしらい、アラタはアパートへ戻って来た。
既に日は傾き、日光浴には不適な時間になっている。アラタの部屋は南東角部屋なのでなおのこと、室内はもう大分薄暗い。
素直にカーテンを閉めて室内灯を点けると、アラタは押し入れの戸を開けた。
(予定じゃ、もうそろそろのはずだが)
畳んだ服を退かすと、ノートパソコンのような銀色の物体の側面のランプがチカチカと光っている。アラタはそれを引っ張り出して押し入れの上段に置き、二つ折りになっていたそれを開いた。
上側に画面、下側にキーボード。開いた状態で見ても、ノートパソコンのようにしか見えない。
ただし、キーボードはただの飾りだ。
側面の穴にアラタが指先を突っ込むと、ピリッとした刺激と共に画面が点灯した。これは、ヴェルデ族の生体エネルギーを動力として稼働し、ヴェルデ族にしか操作できない、生体接続型の特殊機械なのだ。
『あー、テステス。7回目ー……お? 繋がったな』
どこか飄々とした声が、機械に接続した指を介してアラタの体内に響く。
『惜しいな。あと呼び出し無視3回でお前の武勇伝その532を披露できたんだが』
画面に映るアラタの上司が、猫のように笑う。
いや、猫のようにというか、猫だ。三角形の耳に柔らかそうな被毛、くっきりとアイラインの入った美しいエメラルド色のアーモンドアイに野性味のあるキジトラ柄、ピンと整ったヒゲ。どこからどう見ても、『これぞ猫』という見本のような姿である。
しかし当然、その実態は地球のアイドル、猫、ではない。
ギルティ族ネコ種──猫とそっくりな二足歩行の知的生命体、その姿に擬態したヴェルデ族である。つまりアラタの同族だ。
『その532って何だ、エメラルダス。俺はそんなアホみたいな数の武勇伝を打ち立てた記憶はないぞ』
『またまたぁ』
不機嫌なのを隠そうともせずにアラタが応じると、エメラルダスはにやりと悪い笑みを浮かべる。
『何でもないごくごく平凡なヴェルデ族が、未開の地の事前調査に抜擢されるはずないだろ? いやー、デキる奴は辛いねぇ!』
『俺と似たような経緯で採用されたくせにさっさと管理職の椅子に収まってる出世頭に言われたくない』
上司と部下という関係ではあるが、アラタとエメラルダスは元々、移住斡旋企業の同期である。だからお互いタメ口だし、飛び交う言葉にも遠慮がない。
なおエメラルダスが昇格した際、アラタは態度を改めようとしたのだが、エメラルダス自身に「やめてくれ、気持ち悪い、身が千切れる!」と盛大に拒否されたという経緯がある。
『あ、羨ましい? 椅子交換する? こっちはいつでも大歓迎だぞ?』
エメラルドグリーンの瞳がぱあっと輝く。が。
『連日会議ばっかで部下をいじるのが唯一の息抜きで何だかんだ面倒事の処理は全部自分に回って来る立場になんて誰がなるか。俺はこっちでのんびり過ごすんだ』
アラタが拒否した途端、エメラルダスの顔から余裕が消えた。
『ヤダー! 俺もそっちがいいー!!』
『諦めろ管理職。大体、自分で望んで昇格したんだろうが』
『ここまで面倒だとは思わなかったんだよぅ…』
えぐえぐと、キジトラが涙ながらに愚痴る。大変に憐れみを誘う姿だが、中身がエメラルダスだと知っているアラタにはそれほど響かない。
『いいから、さっさと本題に入れ』
『うぇーい…』
アラタがぞんざいに手を振ると、エメラルダスがくしくしと顔を洗って一旦下を向いた。一瞬前までの涙の痕跡は一切残っていない。つまりエメラルダスはそういう性格である。
『えーと、今回は第46回目の定期通信っと…』
アラタの所属する移住斡旋会社では、移住候補地の現地調査に出向いている社員に定期的な報告を義務付けている。
アラタの場合は地球時間で30日に一度、こうして直属の上司であるエメラルダスと超長距離通信を行う。なお、非常に高度な技術を使っているため、超長距離ではあるが通信のタイムラグはほぼゼロである。
エメラルダスは手元の端末に情報を打ち込んでいるらしい。下を向いていた視線が正面に戻り、ぴくっとヒゲが動く。
『──にしても、ホモサピエンスのふりがすっかり板についたな、アラタ』
『おかげさまでな』
アラタは苦笑で応じた。
現地調査中は、擬態している種族の姿と仕草のままで定期通信を行う。エメラルダスもホモサピエンス──特に日本人の一般常識の情報を共有しているため、こうして講評も貰える。
気心の知れた同期相手とはいえ、アラタにとっては一切気が抜けない時間、という見方もできる。
『じゃ、報告頼むわ』
促され、アラタは姿勢を正し、真面目な表情で告げた。
『現地住民数名に、正体がバレた』
『…は?』
今回の定期通信の目玉はこれだ。ぽかんと口を開けるエメラルダスに、アラタは事の経緯を説明する。
こちらでの仕事の帰りに、謎の存在『きぐるみ様』と遭遇したこと。
そのきぐるみ様に一目で宇宙人だと看破され、彼らの拠点らしき所へ連行されたこと。
きぐるみ様の中身はホモサピエンスの年若い女性だったこと。
こちらの正体と、現地住民に危害を加えるつもりはないことを説明し、何とか納得してもらったこと。
『彼らは元々、ホモサピエンスの社会や生命を脅かす、世間には知られていない存在に密かに対処してきた一族なんだそうだ。俺も監視対象に組み込まれた』
『そりゃまた…』
エメラルダスが何とも言えない顔で呻く。
彼にとって、地球は未開の地。ホモサピエンスはヴェルデ族より数段文明が遅れている、いわば『前時代的な』存在だ。
宇宙進出も始めたばかりで他星への移動もままならない、そんな知的生命体がヴェルデ族の擬態を看破したなどと、にわかには信じがたいことだろう。だが、事実は事実である。
『ヴェルデ族の擬態は、見た目こそ結構な精度で再現するが、通常は本当の意味で完璧ってわけじゃないからな。特殊な術を使う彼らからしたら、何かしら引っ掛かる要素があったんだろう』
『ああ…組成を端から端まで調べられたらバレるか』
ホモサピエンスに擬態したアラタの見た目は、外見から動作まで、かなり精密に再現されている。怪我をすればそれっぽい見た目になるし、血のような液体が出る。
だが、不意打ちで体液を採取されて分析にかけられたら、ホモサピエンスとは似ても似つかない組成になっているはずだ。ヴェルデ族はホモサピエンスとは化学組成が全く異なる。
ちなみに、職場の健康診断では、血液検査の時はそれっぽい組成になるよう疑似血液を体内で調製し、そっと採血針に流し込んでいるし、胸部レントゲン撮影の時は上半身の組成を精密にいじっている。
納得するエメラルダスに、アラタは曖昧に頷く。
成実がアラタを宇宙人判定した根拠は化学組成ではない気がするが、では何なのかという点については説明できない。木栗家の技術体系は、アラタには理解不能だ。
『──そんなわけで、彼らにはヴェルデ族の特徴と俺の目的、侵略や敵対の意思はないことを伝えてある。完全に納得しているかどうかは定かじゃないが、監視もされてることだし、あとは適宜交流して理解を深めてもらうしかないな』
『まるで他人事だな』
『他人事さ。別個体──もとい、他人の頭の中をどうこうする能力は、俺にはないからな』
エメラルダスの突っ込みに、アラタは肩を竦めて応じる。
この割り切りの良さと、妙なところでの冷静さが、アラタが事前調査員に選ばれた理由である。
不確定要素の多い状況下で、己を制御下に置けるか否か。表面上は動揺していても、本質的なところでは動じない。長命で経験豊富なヴェルデ族の中でも、比較的稀有な資質だ。
『あーまあなあ…。とりあえず、状況は理解した』
エメラルダスが若干呆れ気味に頷いた。
『取り急ぎ、相手が敵対行動を取ってこないのであれば、こっちも静観で良いだろ。ただし、ウチの目的はあくまで移住候補地の選定であって、星間取引を求めてるわけじゃない。情報がそっちの国の上層部に渡って話が大きくなるようなら、引き揚げも視野に入れる──って、お前に改めて言うまでもない話だけどな』
アラタたちはあくまで移住斡旋会社の一社員である。
別の星の知的生命体に慣れていない種族の場合、他星の知的生命体との接触が国やら何やらを挙げての騒動に発展することも多いが、それはアラタたちの望むところではない。というか、きっぱりと管轄外だ。
『くれぐれも、慎重に行動してくれよ』
『了解だ』
上司兼同期の忠告に、アラタはしっかりと頷いた。
──自重してくれりゃ良いけどな、と、改造された猫の着ぐるみに目を輝かせていた年若いホモサピエンスを思い浮かべつつ。
本日の更新はここまで!
明日以降、平日もちょこちょこ更新してまいりますので、よろしければお付き合いくださいませ。




