13 可能性の一つ
ピリ、と空気が張り詰める。
明らかに不機嫌になったきぐるみ様の中身と、視線を険しくする男たちに内心ヒヤリとしつつ、アラタはあえて平静を装って頷いた。
「お前がそう言うなら、そうなんだろうな。だが──」
アラタには分かる、もう一つの可能性。
「死体が消えてるヤツが、そもそも地底ゴキじゃなかったとしたら?」
「…は?」
ぽかんと口を開けるホモサピエンスたちを見渡して、アラタは自らを指し示した。
「擬態ってのはな、ヴェルデ族だけの専売特許じゃないんだよ」
地球上にも、落ち葉に擬態する昆虫や樹皮に擬態するトカゲ、石などに擬態する海洋生物、枯れ木に擬態する鳥などがいる。
宇宙に目を向けると、擬態と呼べる能力はさらに多彩だ。ヴェルデ族のように外観を精密に真似る者もいれば、他者の情報を取り込んで分子レベルまで再現する種族もいる。
そういう存在が地底ゴキに擬態していたとしても、何らおかしなことはない。
「じゃあ、あれも宇宙人だった…ってこと?」
「そういう可能性もある、って話だ」
あくまでも可能性。断言はできない。そう念押しして続ける。
「擬態をしていた者が逃走する場合、可能な限り痕跡を消そうとする傾向はある。今のこの状況が「おかしい」と感じるなら、可能性の一つとして頭の隅に置いておくと良い。──案外、タヌキとかイタチが美味しくいただいて、例の体液まで綺麗に舐め取っていっただけかも知れないけどな」
「…分かった」
そんなはずあるか、という突っ込みを期待していたのだが、成実から返って来たのは存外真面目な頷きだった。男性3名も、感心したような視線をアラタに向けている。
疑いが晴れたは良いが、これは、もしや──
「じゃあ仕事があるから俺はそろそろ」
「待った」
笑顔で立ち去ろうとしたら、成実にガシッと腕を掴まれた。
赤みを帯びた黒い瞳が、キラキラと──いや、ギラギラとした光を宿してアラタを見上げる。
「昨日のアレが宇宙人だったとして、考えられる正体の候補は?」
「へ」
「その言い方だと、候補は一つじゃないよね? あんたの同族って可能性もあると思うけどそれは否定できる? 候補を絞るのに調べたら良いことは? 再遭遇できる可能性は?」
突然饒舌になった上に、テンションがおかしい。逃がすかと言わんばかりに迫って来る。
アラタは助けを求めて周囲に視線を走らせるが、男たちは全く止める様子がない。アラタの反応を見逃すまいと注視しているという点では、成実と似たり寄ったりだ。味方がいない。
「話が成立しない連中ばっかりだったから、宇宙人についてはほとんど知見がないの。あんたを解剖班に引き渡すのは諦めるから、他の宇宙人について洗いざらい教えて」
「オイ待て何だ解剖班って。さらっと脅迫するな!」
「対等な取引だと思うけど」
成実は至極真面目に、心外だという顔をした。
幸か不幸か、朝の日射しをたっぷり浴びたお陰で、満タンとはいかないまでもエネルギーに余裕はある。半ば諦めの境地に立ちつつ、アラタは成実にヴェルデ族以外の宇宙人に関する知識を伝えた。移住斡旋会社の社員として、現地住民と諍いを起こしてはならないのだ。
ただし、教えるのは成実が言っていた『きぐるみ様が遭遇したことのある宇宙人』についてのみ、とした。
「知ってる限り全部教えてくれてもいいのに」
「この星に来てるかどうかも怪しい種族について知ったところで意味ないだろ」
「むう…」
成実はぶすくれているが、過剰に知識を持つのもそれはそれで考えものなのだ。予備知識が邪魔をして、相手を正しく理解することができなくなる恐れがある。
(俺らヴェルデ族に対してだって、変なところから入れ知恵されてたらどういう反応をしてたか…)
母星から宇宙へ進出し始めて久しいヴェルデ族だが、全てが順調だったわけではない。
今とは全く違う方針で他星進出を強引に進めていた時期もあるし、他種族との軋轢や衝突もそれなりに経験してきた。今なお仲の悪い──有り体に言えば、敵対している種族もいる。
そういう相手とはなるべく距離を置いているが、出先でまで完全に避けるのは難しい。そして、何も知らない別の種族が、そいつらから何かを吹き込まれている可能性は、常にある。
アラタもそれによって発生するトラブルの面倒さは身に染みているので、成実に伝える知識も、なるべく個人の感想を取っ払った、ニュートラルなものになるよう心掛けた。
他種族を『とりあえず出会い頭に捕食する』性質のある種族に関しては、その危険性を切々と説いたが。




