10 突撃、お宅訪問
響きと位置からして、アラタの住むアパートの階段を上がってくる音だ。
このボロアパートの入居者は、アラタだけ。特に何か注文した覚えはないが、郵便か、それとも他の届け物か、はたまた何かの勧誘か。
アラタは静かにいつもの『卯月新田』の姿に戻り、素早く昨日の服を着る。流石に、来客だったら本来の姿では出られない。
玄関に転がるサンダルを置き直した直後、ピンポーン、とやや濁った音の呼び鈴が鳴った。
「へー……い!?」
特に何も考えずにドアを開けたら、そこにいたのは木栗成実だった。
赤みを帯びた黒い目は眠たげに半ば伏せられていて、相変わらずの仏頂面。アラタが思わずちょっと身構えていると、
「…ん」
ずいっと、紙袋が差し出された。
中心街の方にある、全国チェーンの靴屋の袋だ。ぐいぐいと押し付けてくる勢いに負けてアラタが受け取ると、成実はほんの少しだけ表情を緩めた。
(…これは、ホッとしている、ってことでいいのか?)
ホモサピエンスとして生活してそれなりに長いが、このあたりの機微は相変わらず難しい。
「ええと…これは?」
「……昨日のお詫び」
「へ?」
「靴、壊しちゃったから」
紙袋の中身は、男物のスニーカー。それもアラタが愛用していた例の靴の上位モデルだった。サイズはぴったりで、色味も近い。ただ上位モデルだけあって、お値段は余裕で万を超えてくるはずだ。
アラタが呆然としていると、成実は思い切り目を逸らし、ごにょごにょと続けた。
「ちゃんとサイズは確認したし、店員さんに「これを履いている人が違和感なく履ける靴を」って現物を見せて選んでもらったから、履き心地も問題ないと思う」
一瞬、融けた靴を見せたのかと思ったが、流石にそれはないだろうと思い直す。
地底ゴキの体液で融けたのは片方だけなのに一足丸ごと回収されたのは、無事な方を参考に新しい靴を用意するためだったのだ。
昨夜はとんだ目に遭ったが、価格の関係で泣く泣く諦めた上位モデルのスニーカーが手に入るなら、まあ悪くない。アラタは現金だった。
「そうか。それならこれは、ありがたく貰っておく」
「ん」
成実は頷き、首を傾げた。アラタを上から下まで見回し、
「…昨日と同じ格好?」
「…着替える余裕がなかったんだよ」
痛い指摘に、アラタは苦々しく呟いた。
そのまま帰るのかと思いきや、成実は「住まいを見せろ」と言ってアパートに上がり込んだ。木栗家の『地球外知的生命体監視業務』の一環だという。
傍から見ると『若い女性が若い男の住むボロアパートに上がり込む図』なので、どう見てもお嬢様育ちの成実の体面的に良いのか、という疑問はあるが──『きぐるみ様』の中身に突っ込むだけ無駄だろうか。
「…片付いてる。っていうか、何もない」
何せ、部屋に入って開口一番の台詞がこれである。
きょろきょろと無遠慮に室内を見回す成実に、アラタは溜息で応じる。
「要らない物は置かない主義だ」
「多少は人間のフリしておかないと、電気の点検の時とかに怪しまれるよ」
「その時は適当に物を作って置いとくし、立ち会って適当に言い訳しとけば意外と平気だぞ」
ヴェルデ族には、自身が多種族に擬態する他に、身体の一部を切り離して別の物を作り出す能力がある。
あくまでも身体の一部なのでその性能には限界があり、切り離した部分で生き物を再現することはできないし、自律行動をさせることもできない。が、例えば鍋や食器などの静物ならば、表面の質感を含めてそれなりに精密に再現できる。
電気設備の点検など、予め来訪日時が決まっていれば、その時だけ自分の身体で『日本の一人暮らしの男性が持っていそうな物』を作り出して部屋に置いておけばいい。
アラタはそうやって、対外的には違和感のない部屋を保っていた。
「それっぽいもの、買えばいいのに。本棚とかベッドとか」
「俺にとっては、家具なんか無い方が都合が良いんだ。日当たりが重要だから」
ヴェルデ族のエネルギー源は恒星の光。昨夜説明したことを憶えているらしく、成実は「だから南東向きの角部屋なんだ」と納得して頷いている。
「もっと得体の知れないものが置いてあったりするのかと思ってた」
「そういう物もないわけじゃないが、そこら辺に放置してたらそれこそ怪しまれるだろ…」
例えば、本社との定期連絡に使う超長距離用の通信機。
見られるだけならともかく、万が一、誤作動してホモサピエンスがいる前で上司と繋がってしまったら洒落にならない。
アラタの直属の上司は、ギルティ族ネコ種──地球で言うところの『猫』の顔を持つ二足歩行の種族に擬態して働いているのだ。そんなものが大写しになってこちらの動きに反応し始めたら、一発でアウトだろう。
「ふーん、ちゃんと考えてるんだ」
「仕事だからな」
ただでさえ、同僚や上司の手助けが期待できない業務なのだ。トラブルは無い方が良いに決まっている。




