episode.04
王国魔術監察局は、王城の北区画に存在していた。
灰色の石造りの建物は空へ突き刺さるように高く、冬の曇天の下でひどく冷たく見える。
窓は少なく装飾もほとんどない。
まるで感情というものを最初から排除して造られた建物のようだった。
馬車を降りたリゼは、隣に立つアシュレイをチラリと覗き見てから、この人のようだなと、その巨大な建物を静かに見上げる。
王都へ入ってからずっと感じていた騒がしさが、この区画だけ僅かに薄れていた。
「失礼な事を考えてないか?」
隣から低い声が落ちてきて、リゼは小さく瞬きをする。
顔を上げると、アシュレイがこちらを見ていた。相変わらず感情の読めない顔だった。
「……そんな事は」
「今、俺を見てから建物を見ただろう」
鋭い。リゼは少しだけ視線を逸らした。
その反応を見て、アシュレイが小さく息を吐いた。
「お前は分かりやすいのか分かりにくいのか、時々判断に困る」
「監察官に観察される趣味はありません」
「残念だがそれが仕事だ」
淡々と返され、リゼはそれ以上言葉を返さなかった。
アシュレイは馬車から荷物を下ろすと、そのまま監察局の入口へ向かって歩き出し、リゼも後を追った。
重厚な扉が開かれると、途端にひやりと冷たい空気が流れ出てきた。
人の気配はあるが、中は静かだ。書類を運ぶ者、魔法陣を描く者、そして、廊下を行き交う監察官たち。
全員が淡々と役割をこなしていた。
その様子はどこかエルシアを思い出させた。
「アシュレイ」
不意に女性の声が響いた。長い赤髪を後ろで束ねた女性魔術師がこちらへ歩いてくる。
二十代後半ほどだろうか。
鋭い目元をしているが、どこか親しみやすい雰囲気があった。
「帰還、早かったわね」
「予定通りだ」
「そう?報告書、ちゃんと出してね」
「今戻ったんだ。これから出す」
女性は呆れたように肩を竦めると、今度はアシュレイの隣に立つリゼへ視線を向けた。
「……へえ」
その目が細められる。観察するような視線だった。
「その子が例の魔女?」
例の?
その言葉にリゼは僅かに眉を寄せる。
アシュレイが短く答えた。
「エルシアから来た結界術師だ」
「純血の魔女なんて初めて見たわ」
女性は興味深そうにリゼを見つめる。その視線に敵意はない。けれど珍しい動物でも見るような空気に、リゼは落ち着かなかった。
「私はミレイア。魔術解析班にいるの」
「……リゼです」
「よろしく、リゼ」
ミレイアは柔らかく笑った。感情を隠さない笑みだった。
リゼは少し戸惑った。
エルシアでは、感情をそのまま表へ出す人間は少ない。
嬉しければ笑い、困れば眉を下げる。そんな当たり前のことにリゼは慣れていなかった。
「それで? その子どこに置くの?」
ミレイアがアシュレイへ尋ねる。
「客室を使わせる」
「ふうん」
その返事に、ミレイアが意味ありげに眉を上げた。
「随分丁寧ね」
「俺たちには結界術師が必要だ。丁重に扱うように言われている」
「はいはい」
どうにも会話の意味が分からず、リゼは小さく首を傾げる。
するとミレイアが不意に笑った。
「気にしなくていいわ。この人、昔から必要以上に面倒見がいいのよ」
「余計なことを言うな」
「否定しないんだ?」
アシュレイが露骨に眉を寄せる。その様子を見て、リゼは僅かに目を見開いた。
この男にも、こんな表情をすることがあるのかと思う。
「ほらほら、そんな怖い顔しない」
ミレイアは楽しそうに笑うと、ひらりと手を振って去っていった。
再び静寂が戻ると、アシュレイは小さく息を吐いた。
「気にするな」
「……別に気にしていません」
「ならいい」
短いやり取り。けれど、なぜか少しだけ空気が緩んだ気がした。
アシュレイは再び歩き出し、リゼも続く。
長い廊下の先、突き当たりの階段を上がり、最奥の部屋の前で立ち止まった。
「ここがお前の部屋だ」
扉が開く。
暖炉、本棚、大きな窓。雪景色の見える静かな部屋だった。
エルシアで使っていた部屋より、ずっと広い。
「……ここですか?」
思わず本音を漏らすと、背後でアシュレイが小さく息を吐いた。
「不満か?」
「はい。広すぎます」
「監察局の客室では普通だ」
普通。
その言葉に、リゼは静かに部屋を見回した。自分の普通と、この場所の普通はあまりにも違う。
「まあ、そのうち慣れる」
アシュレイはそう言って踵を返す。
だが扉へ手をかけたところで、リゼは無意識に口を開いていた。
「……ア、アシュレイ様」
彼が振り返り、濃紺の瞳が真っ直ぐこちらを見る。だが、呼び止めた理由が自分でも分からず、リゼは少し黙り込んだ。
「……何だ」
その低い声にリゼは視線を伏せ、小さく首を振る。
「……アシュレイ様は、どちらに…?」
「しばらくは宿舎にいる」
「そう、ですか……」
アシュレイが小さくため息をついた。
「そう警戒するな。何かあれば従者に声をかけるといい」
「分かりました」
アシュレイは数秒こちらを見ていたが、やがて静かに扉を閉めた。
一人になると、先ほどまでより、部屋がひどく静かに感じた。
エルシアではこれが当たり前だったはずなのに、心細く感じるのはやはりここが故郷の里とは違うからだろうか。
リゼは部屋に用意されていたベッドに倒れ込んだ。ふわりと跳ね返る上質な寝具に、リゼの心はやはり落ち着かなかった。




