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episode.03



宿へ戻る頃には、通りの騒ぎも少し落ち着いていた。


案内された食堂には暖炉の火が灯り、香草の匂いが漂っている。リゼはアシュレイと向かい合う形で席へ座った。


木の机には次々と料理が並べられていく。


温かなスープ、焼きたてのパン、香辛料の効いた肉料理…。


どれも故郷の里では見ないものばかりで圧倒されたリゼは目移りしてしまい食事が進まない。


「口に合わないか」


不意に声をかけられ、リゼは顔を上げる。


「……いえ」


そう答えながら、再び手元の皿へ視線を落とす。


先ほどから、小さな蜂蜜菓子ばかり口にしていることに自分でも気づいていた。


甘い。けれど嫌ではない。


むしろ、妙に落ち着く味だった。


「甘いものが好きなのか?」

「別に、そういうわけでは」

「さっきからそれしか食べていない」


淡々と指摘され、リゼは僅かに口を閉ざした。


アシュレイは小さく息を吐く。


「分かりやすいな」

「……そうやって人の事を観察するのは迷惑だと言いました」

「これも仕事だ」


全く悪びれない返答に、リゼは小さく眉を寄せる。


その反応を見て、アシュレイがほんの僅かに目を細めた気がした。


食事を終え、部屋へ戻る頃には夜も更けていた。窓の外では雪が静かに降っている。


リゼは椅子へ腰掛け、ローブの袖をそっと捲った。


火傷は治療されたとはいえ、まだ赤みが残っていた。触れると少し熱い。


不意に、昼間の光景が脳裏を過る。


『だから怪我をしていい理由にはならない』


低く押し殺した声。掴まれた手首の熱。


胸の奥が落ち着かず、リゼは小さく息を吐いた。


その時。


控えめなノックの音が響く。


「……どなたですか?」

「俺だ」

「!?」


尋ねて来たのはアシュレイだった。扉を開けると、彼は小瓶を片手に立っている。


「火傷用の薬だ」

「治癒魔法をかけてもらったので問題ありません」


そう言うリゼの腕に視線が落とされる。


「まだ赤みが残っている」


相変わらず淡々とした口調だった。リゼが断るより早く、アシュレイは部屋へ入ってくる。


そして机へ薬瓶を置くと、当然のように椅子を引いた。


「腕を出せ」

「自分でできます」

「だめだ。早くしろ」


静かにこちらを見ていたアシュレイの目は、有無を言わせないような、獲物を逃がす気のない目だった。


リゼは諦めたように袖を捲ると、アシュレイの指先がそっと腕へ触れた。


ひやりとした薬が火傷へ塗り広げられていく。かなり距離が近い。


微かに、外套に残る雪と薬草の匂いが届く程だ。


リゼは無意識に息を止める。


「……もう一度言うが、普通、ああいう場面では近づくものじゃない」


薬を塗りながら、アシュレイが低く言う。


「でも、放っておけませんでした」

「なぜだ。エルシアの魔女は感情を持つ事には否定的だろう」


リゼは少しだけ視線を伏せた。広場で泣いていた青年の顔を思い出す。


胸が締め付けられるようだった。


「……だからでしょうか。あんなに感情的な人は見た事が無かったので………つい」


アシュレイの手が一瞬だけ止まり、静かな沈黙が落ちた。


やがて彼は、小さく息を吐く。


「変な魔女だな」


責める響きではなかった。むしろ、困ったような声音だった。


薬を塗り終えると、アシュレイはそっと手を離す。


「痛むなら呼べ」

「大丈夫です」


飄々と答えると、アシュレイは何も言わず立ち上がった。


扉が閉まる。


部屋に静寂が戻ったあと、リゼはゆっくり腕へ触れた。


薬を塗られた場所だけ、妙に熱が残っている気がした。



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