表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
26/39

episode.25

王都南区の結界区域。


監察局は、そこで結界異常の調査任務にあたっていた。


最近各地で確認されている術式の不安定化。その残滓確認と修復作業。


危険度は低く、本来なら半日もかからず終わる任務だった。


「西側区域、固定完了しました」


リゼは足元へ展開した魔法陣を閉じながら通信術式へ報告する。


『了解。引き続き北側の確認を頼む』


返ってきたのは、今回の隊を率いている監察官の声だった。


今回、監察局は複数班に分かれて調査を行っている。


アシュレイは南東区画。


リゼは別班の北西区画担当へ配属されていた。


『こちらももうすぐ終わる』


続けて聞こえた低い声に、リゼの胸が小さく揺れる。


アシュレイだった。それだけで、不思議と呼吸が落ち着く。


リゼはその感覚へ気づかないふりをしながら、小さく息を吐いた。


「了解しました」


通信を切り、次の術式へ向かう。


結界区域は人気が少ない。崩れかけた石造建築。薄暗い路地。


空気には微かに古い魔力が滞留している。


リゼは静かに周囲を確認しながら術式を展開した。


問題ない。少なくとも今のところは。


だが、その時だった。


耳元の通信術式が、突然激しいノイズを走らせる。


『――ッ、隊長!!』


焦った声。


リゼの動きが止まる。


『南東区画で術式崩落! アシュレイ隊長がーーっ!……………」


ぶつり、と通信が途切れた。


その一瞬、頭の中が真っ白になる。


「……え」


胸の奥が冷たくなり、呼吸が浅くなる。


アシュレイに何かがあったような口ぶりだった。


「状況を報告してください」


即座に通信を繋ぎ直すが、返事はない。


雑音だけが続いている。


「応答してください」


声が少し強くなる。それでも返答はなかった。


嫌な感覚が胸の奥を掴む。苦しくて落ち着かない。


アシュレイが傷ついたかもしれない。最悪の場合……。


その考えが浮かんだ瞬間、リゼの足元で銀色の魔力がふわりと揺れた。


「……っ」


空気が震える。


展開していた術式が、意思を持ったみたいに変質していく。


リゼは目を見開いた。


何が起きているのか分からないが魔力は止まらない。


胸の奥から溢れる感情へ呼応するみたいに、銀色の光が周囲へ広がっていく。


まるで何かを探すように。


「おい!」


同班の隊員が振り返る。その目が驚愕に見開かれた。


「その魔力は――」


だがリゼには聞こえていなかった。


頭の中にあるのは一つだけ。アシュレイに無事でいてほしい。その想いだけだった。


次の瞬間、銀色の魔力が、一方向へ強く伸びる。


まるで導くように指し示すのは南東区画だった。


リゼは反射的に駆け出していた。


「待て、単独行動は――!」


制止の声が飛ぶが、止まれない。


風が頬を打つ。胸が苦しい。怖い。


こんな感覚は初めてだった。


アシュレイがいなくなるかもしれない。もし、もう会えないなんて事になったら……。


その想像だけで、呼吸が乱れる。


するとまた、魔力が強く脈打ち、銀色の光が周囲へ溢れ出す。


だがそれは破壊ではなかった。


崩れた術式を包み込み、修復するように安定化させていく。


後方で局員達が息を呑む。


「術式が……勝手に修復されてる……?」


あり得ない現象だった。


魔力暴走ではなく、むしろ逆。


感情が、術式を安定化させている。


リゼ自身が一番理解できなかったが、そんな事は気にならなかった。


走った先には崩落した石壁の向こうで、ようやく人影が見えてくる。


「……アシュレイ様!」


リゼの声が響くと、瓦礫の奥でアシュレイがこちらを振り返った。


無事だった。


その瞬間、張り詰めていたものが一気に崩れ、力が抜けそうになる。


「リゼ!?」


アシュレイの表情が変わる。彼はすぐに異常へ気づいた。


リゼの周囲で、銀色の魔力が激しく揺れている。


だが壊れてはいない。


むしろ。


守るみたいに空間を包み込んでいる。


アシュレイは息を呑んだ。


エルシアで見た術式と同じ反応だった。


感情と共鳴する魔力。


リゼは動けずにいた。感情が溢れて、うまく息ができない。苦しくて、怖かった。


アシュレイを失うかもしれないと思った瞬間から、ずっと。


そんなリゼにアシュレイは迷わず近づき、そのままリゼの手を掴む。


「っ……」


触れられた瞬間、揺れていた魔力が何かに反応するように大きく震える。


だが今度は、不思議と苦しくなかった。


「リゼ。俺を見ろ」


低い声が耳へ届く。


「大丈夫だ。俺はここにいる」


灰色の瞳が真っ直ぐこちらを見ていた。


その視線へ引き寄せられるみたいに、リゼの呼吸が少しずつ落ち着いていく。


すると、暴れていた銀色の魔力が、静かに形を変え、光がふわりと広がる。


まるで雪が降るように、周囲の壊れかけた術式ごと優しく包み込んでいく。


そして術式は次々と安定化していった。


局員達が息を呑む。誰も見た事がない魔法だった。


リゼは呆然とその光景を見つめる。


「……どうして」


こんな魔法、知らない。


だがアシュレイだけは静かにリゼを見ていた。


その目には、確信が宿っている。


感情は、人を弱くするだけではない。誰かを想う事で、人は未来へ辿り着ける。


白の魔女が遺した言葉が、静かに脳裏を過った。


そして今。


その力は確かに、リゼの中で形になり始めていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ