episode.17
王都では今夜、“夜灯祭”が開かれている。
本来は季節の変わり目に行われる、小さな祈願祭で、街中に魔力灯を吊るし、結界の安定と無病息災を願う。
けれど今年は、頻発する魔力暴走の影響もあり、人々の不安を和らげる意味合いも強いらしい。
「祭りなんてやってる場合かって声もあるけどね」
ミレイアが屋台通りを見回しながら肩を竦めた。
「まあ、不安ばっか抱えてても人は壊れちゃうからね」
監察局も警備協力として巡回に出ている。
リゼは人混みを見つめながら、小さく瞬きをした。
王都は今日、普段より明るい。魔力灯の柔らかな光、笑い声、はしゃぐ子供達、甘い菓子の香り。
ここ最近、魔力暴走の現場ばかり見ていたせいか、同じ街とは思えなかった。
「……賑やかですね」
ぽつりと漏らすと、隣を歩いていたアシュレイが小さく視線を向ける。
「そうだな」
短い返答。だが最近の彼にしては、少しだけ空気が柔らかい気がした。
リゼは無意識にその横顔を見てしまう。するとアシュレイは僅かに視線を逸らした。
「……なんだ?」
「いえ」
慌てて首を振る。
最近、こういう事が増えた。気づけばアシュレイを見ている。声を探してしまう。
その理由は、まだよく分からない。
「はいはい、そこ」
後ろからミレイアが呆れた声を出す。
「警備中だって事、忘れないでもらえる?」
「忘れてない」
「どうかしらね」
アシュレイが冷たい視線を向ける。だがミレイアは臆する事なく楽しそうに笑った。リゼだけが意味が分からず首を傾げる。
そんな三人の横を、若い男女が駆け抜けていった。
楽しそうな笑い声、繋がれた手。
リゼはその後ろ姿を目で追う。
「……仲が良いんですね」
「恋人じゃない?」
ミレイアが軽く答える。
「恋人」
聞き慣れない訳ではない。だがリゼは少し考えるように視線を伏せた。
「恋人とは、どういう感情をもっているんでしょう?」
その瞬間、アシュレイが咳き込んだ。
ミレイアが吹き出す。
「っ、あははは!」
「……おい」
「いやいや!今それ聞く!?」
ミレイアは腹を抱えて笑っている。何か変なことを言っただろうかとリゼは困惑した。
「でも、よく分からなくて…」
リゼは素直に続ける。
「一緒にいると嬉しい、とか。離れると寂しい、とか。そういうものでしょうか」
アシュレイが完全に視線を逸らした。
耳まで少し赤い。ミレイアはそれを見てさらに笑う。
「ねえアシュレイ、ちゃんと教えてあげたら?」
「……お前が説明したらいいだろ」
「えー? 面白いからいやよ」
アシュレイは深く息を吐く。その横顔が妙に硬くて、リゼはますます分からなくなった。
「……あの?」
呼ぶと、アシュレイは数秒黙り込む。それから低い声で答えた。
「……感情の形は、人によって違う」
「違う?」
「ああ。だから同じようには語れない」
静かな声だった。いつもみたいな事務的な響きではない。まるで言葉を選ぶような口調。
「だが」
アシュレイは祭りの光景へ視線を向ける。
「誰かを大切に思う感情ではあるんだろう」
リゼはその言葉をゆっくり反芻する。
大切に思う感情。
胸の奥に、小さくその言葉が落ちた。
「……不思議ですね」
「何がだ」
「感情は危険なものだと思っていました。そう教わってきました」
リゼは祭りの人々を見つめる。
笑っている人、泣いている人、不機嫌な人、嬉しそうな人…。
色んな感情が溢れている。
それでも、この街は壊れていない。
むしろ感情があるから、人は前を向けているように見えた。
「怖いだけじゃ、ないんですね」
その呟きに、アシュレイの視線が静かに揺れる。
リゼはまだ知らない。自分が今、少しずつ変わり始めている事を。感情を否定するのではなく、理解しようとしている事を。
そしてその変化が、いずれ世界そのものを書き換える力になる事を。
夜風が吹き抜ける。
空に浮かぶ無数の灯りが、静かに王都を照らしていたその時だった。
ふわり
リゼの周囲に、淡い魔力光が滲む。
ほんの一瞬。
誰にも気づかれないほど小さな光。けれどアシュレイだけは、それを見た。
魔力暴走の気配ではない。
もっと穏やかで、もっと温かな揺らぎ。
まるで感情そのものが、魔力へ変わったような光だった。
アシュレイの目が僅かに細められる。
リゼは気づいていない。ただ祭りの灯りを見上げながら、小さく笑っていた。
その柔らかな表情から、アシュレイは一瞬だけ視線を外せなかった。




