episode.14
王都の中でもメイン通りを少し外れると、賑やかな声はかなり遠のく。
石畳には淡い魔力灯の光が落ち、聞こえる人の声もまばらだ。
リゼはアシュレイの半歩後ろを歩きながら、小さく息を吐いた。
今夜の任務は結界点検。魔力暴走の頻発を受けて、王都外縁部の結界に異常がないか確認するための巡回だった。
本来なら複数人で行う任務らしいが、連日の魔力暴走の処理で今日は人手が足りず、アシュレイと二人になっている。
「次は東区画ですね」
リゼが確認すると、アシュレイは短く「ああ」とだけ返した。
それ以上、会話は続かない。
必要最低限。いつも通りと言えば、いつも通りだ。
なのに。
(……なんだろう)
少しだけ、距離を感じる。
数日前、広場で噂を否定してくれた時とは何かが違う。あの日のアシュレイは、冷静ではあったけれど、確かに自分の前に立ってくれた。
けれど今は、出会った頃のように視線も合わず、声も短い。
必要以上に踏み込んでこない。
元々そういう人なのだから、当然と言えば当然なのだが…。
(……やっぱり、仕事だったんだ)
そう思えば納得できるはずだった。
あの日の言葉も、監察官として必要だっただけで、自分を特別扱いした訳ではない。
それなのに、数日経った今でも、あの時の声だけが妙に残っている。
ほんの少しだけ期待してしまった自分を、リゼは思い出す。
――もし、“私だから”庇ってくれたのだとしたら。
そんな考えをしてしまったせいで、今の距離が余計に寂しく感じる。
「……」
馬鹿みたいだ。アシュレイは監察官で、自分はただの協力者で監視対象。
リゼを庇うような言葉も、アシュレイにとってはただの仕事だったのだ。
それ以上の意味なんてない。そう理解しているのに、アシュレイの背中を見るたび、胸の奥が小さく沈む。
夜風が吹き抜ける。
雪はとっくに溶けて無くなったが、最近は思ったより冷える。
リゼは無意識に自分の腕を軽くさすったが、震えるほどではない。
そうして歩き続けていた時だった。
「……寒いのか?」
不意に声が落ち、リゼは驚いて顔を上げた。
アシュレイはこちらを見ておらず、前を向いたまま、足を止めることもない。
「……え?」
聞き返すと、アシュレイはわずかに眉を寄せた。
「さっきから腕を押さえているだろ」
淡々とした声。
観察結果を述べているだけのような口調だった。
リゼは思わず自分の腕を見る。ほぼ無意識だった自分の行動を指摘されたのだと分かると、サッと手を下ろした。
「あ……いえ、大丈夫です」
反射的にそう返す。
アシュレイが短く息を吐いた、次の瞬間。
自分が羽織っていた外套を、無言でリゼへ差し出す。
「使え」
「え……でも」
「風邪を引かれる方が面倒だ」
言い方はいつも通り素っ気ない。
けれど、その外套にはまだアシュレイの体温が残っていた。
リゼはそっと外套を抱き寄せる。厚手の布越しに伝わる微かな熱が、妙に落ち着かなかった。
「……ありがとうございます」
小さく礼を言うと、アシュレイは「ああ」とだけ返す。
それきり、また会話は途切れた。
静かな夜道を、二人分の足音だけが響いていく。
リゼは視線を伏せたまま、そっと指先に力を込める。
数日前の広場での事。やはりあの時から、自分は少しおかしい。
アシュレイの言葉を思い出しては、その視線を探してしまう。
今みたいな些細な事で、胸が落ち着かなくなる。
(……変なの)
こんな事は初めてだった。誰かの態度一つで気持ちが揺れるなんて、今までなかったのに。
その時、不意にアシュレイが足を止める。
「……リゼ」
名前を呼ばれ、リゼは反射的に顔を上げた。
アシュレイは結界柱へ視線を向けたまま、小さく眉を寄せている。
「そこ、段差がある」
「え――」
気づいた時には遅かった。
足元の石畳がわずかに崩れていいて、せっかくの忠告も虚しく足を引っ掛けたリゼの体勢が揺らぐ。
次の瞬間、腕を掴まれた。
強くはない。けれど逃がさない程度の力。
リゼの呼吸が止まる。
アシュレイはすぐに手を離した。
「……気をつけろ」
短い声。
それだけ。
なのに、掴まれた腕だけが熱を持ったまま離れない。
アシュレイは何事もなかったように前へ進んでいく。
きっと本人にとっては、ただ危険を回避しただけなのだろう。
でもリゼは、その背中から視線を逸らせなかった。
胸の奥が、また少しだけ騒がしくなる。
夜風は冷たいままなのに、リゼの胸の奥だけは確実に熱を持っていた。




