episode.13
王都中心区の広場は、いつもよりざわついていた。
魔力暴走が続いている影響で、人々の不安はじわじわと形を持ち始めている。
「また出たぞ、あの現象」
「最近多すぎるだろ……」
そんな声が、あちこちから漏れていた。
リゼは魔力暴走の後処理ため、現場の外れに立っていた。
ここでの仕事にもだいぶ慣れてきた。表情は変わらずいつも通りだ。
意識的にそうしている。
(……大丈夫。こんな事は慣れている)
僅かに刺さる人々の視線にも動じる事はない。
監察局としても、魔力暴走の原因は特定中。現時点でリゼ個人に紐づく要因は一切ない。
それは事実だ。
けれど、リゼに向けられているその視線の意味は、疑念。
魔女の存在こそが魔力暴走に関連しているという噂が流れている事はリゼも知っていた。
「……」
リゼは足元に視線を落とす。
気にする必要はない。ただの噂話だ。そう思った、その時だった。
「なあ、あの魔女だろ」
少し呂律の回っていない男の声がはっきりと聞こえてきた。
リゼの動きが一瞬止まる。
魔女。
その単語に、意味はない。リゼ個人を指す呼称ではない。ただの噂話。
それでも、空気が一瞬だけ重くなる。
「おいおい、また来てるってことは、やっぱり関係があるんじゃないのか?」
「ちょっと、やめなって」
男を静止させようとする声もあったが、酔っているのか聞く耳を持っていないようだった。
リゼは顔を上げない。視線も向けず、反応を示さない。
それが一番正しい対応だと分かっている。
魔女は本来、特異であるが故に恐れられる事が多い。自分に向けられる恐怖も、疑心も、何も思わずに受け流せる。
そう思っていた。だが
「待て。その認識は誤りだ」
静かな声が響き、空気が一瞬で変わる。
リゼは反射的に顔を上げた。
そこにいたのは、アシュレイだった。
男を見下ろす視線はまっすぐで、感情も見えない。
ただ事実だけを切り取るような声だった。
「魔力暴走と特定個人の関連は確認されていない。監察局が既に調査し、否定している」
その言葉に、周囲の空気がわずかに引く。
誰も反論しない。できない。それだけ説得力のある確信を持った声色だった。
アシュレイはそれ以上説明せず、ただ短く締める。
「以上だ。根拠のない噂話は業務に差し支える」
それだけで会話は終わった。
リゼはその背中を見ていた。
(……庇って、くれた?)
その判断すら、すぐには確信できないぐらい事務的な言葉。
でも、確かにアシュレイは否定してくれた。
そのおかげで、リゼに向けられていた周囲の視線が少しずつ逸れていき、普段のざわつきが戻る。
きっと、噂は簡単には消えないだろう。それでも今日、リゼはアシュレイに守られた。
ミレイアが少し離れた場所で、ふっと息を吐く。
「ほんと、分かりやすいのか分かりにくいのかね?」
小さく笑って、リゼを見る。
「……あなたは何も気にしなくていいわ。私達はあなたが無害だって分かってるから」
リゼは一瞬だけ言葉を探す。けれど、何も出てこない。
気にしていない。
そう言うべきだ。でも……胸の奥に残る、さっきの一言が消えない。
アシュレイの声。冷静な否定。彼はただ、円滑な業務のために事実を提示しただけ。
それなのに。
少しだけ、呼吸が楽になったのは間違いなかった。
アシュレイがこちらを振り返る事はなく、そのまま事後処理へと戻っていく。
いつも通りの背中。変わらない距離。
なのにリゼは、ほんの一瞬だけ思う。
(……もし、あれが仕事だからではなくて)
そこまで考えて、リゼは小さく息を止めた。
あり得ない。監察官であるアシュレイが、私情で動くはずがない。
先ほどの言葉も、監察局として当然の対応だった。
それは分かっている。分かっているのに。
(もし、“私だから”庇ってくれたのだとしたら……)
胸の奥が、わずかに熱を持つ。その感覚に、自分で戸惑った。
期待してはいけない。なぜこんな思考に至るのかもわからない。
アシュレイは監察官で、自分は監視対象に近い立場ですらある。
けれど、先ほどのあの声だけが、どうしても頭から離れない。
『その認識は誤りだ』
冷静で、揺るがない声。そこに誰かを慰めるような優しさはない。
それでも確かに、リゼを疑惑から切り離してくれた言葉だった。
リゼはそっと視線を落とす。
胸の奥に残るざわつきは、まだ名前を持たない。
けれど、その正体を考え始めてしまう事だけは、少し怖かった。




