episode.11
暴走事件の処理が一段落した頃には、空はすっかり夜色へ変わっていた。
監察局へ戻ったアシュレイは、そのまま半ば強制的に医療室へ連れて行かれた。
「浅いって言ってましたよね?!」
医療術師が呆れたように包帯を巻いている。
「裂傷です。しかも無理に動いたせいで広がってますよ」
「動かなければ現場が回らなかった」
「だからって毎回それをやるのやめてください」
アシュレイは面倒そうに小さく息を吐く。
その少し離れた場所で、リゼは静かに座っていた。
白い壁、薬草の匂い、治療器具の小さな金属音。
その全部が、どこか遠く感じる。
――自分のせいだ。
胸の奥に、静かに沈む感覚があった。アシュレイが怪我をしたのは、リゼを庇ったからだ。
指先を強く握る。
魔力の揺れはもう収まっているはずなのに、心だけが落ち着かなかった。
「あれぇ?」
不意に声が降ってくる。
顔を上げると、ミレイアが扉にもたれながらこちらを見ていた。
どこか面白そうな顔をしている。
「帰らなかったんだ」
「……付き添いです」
「ふぅん?」
ミレイアは意味ありげに笑う。リゼは小さく眉を寄せた。
「何ですか」
「別に?」
絶対何か思っている顔に反論しようとしたその時。
「終わったぞ」
治療を終えたアシュレイが立ち上がる。腕には白い包帯が巻かれていた。
それを見た瞬間、リゼの胸がまた小さくざわつく。さっきまで血が滲んでいた場所。自分が止めなければ、もっと酷くなっていたかもしれない。
リゼは無意識に視線を伏せる。
そんな彼女を見て、アシュレイが僅かに眉を寄せた。
「……さっきは悪かった」
低い声だった。リゼは目を瞬く。
「何がですか」
「怖がらせただろう」
思いがけない言葉だった。リゼは少し黙り込み、それから静かに口を開く。
「……怖かったです」
その言葉は、自分でも驚くほど素直に零れた。そして続けるように、小さく声が落ちる。
「でも……怪我をさせたのは、私のせいです」
アシュレイが一瞬だけ動きを止める。リゼは視線を上げられなかった。
「魔法構築が遅れました。あの時……もっと早く制御できていれば」
ただ事実を並べているだけなのに、声が少しだけ揺た。
アシュレイは短く息を吐く。
「お前が無事ならそれでいい」
静かな声だった。
その瞬間、胸の奥がまた熱を持つ。リゼは理由の分からないまま、小さく息を呑んだ。
ミレイアが少し離れた場所で、腕を組みながら二人を見ている。
やれやれといった顔で、肩をすくめた。
「はいはい、ごちそうさま」
ぼそりとした声は小さかったが、妙に的確に場の空気を切った。
リゼは意味が分からず首を傾げ、アシュレイは一瞬だけ間を置いてから、何事もなかったように視線を戻した。
「……戻るぞ」
アシュレイが歩き出し、リゼも慌ててその後に続いた。少し離れた位置で、ミレイアが小さく肩をすくめる。
「ほんと、分かりやすいわね」
その呟きは誰にも届かない。
夜の王都は静かだった。灯りのともった通りを、二人は並んで歩く。
さっきの戦闘の余韻はもう薄れているはずなのに、リゼの胸の奥だけが妙に落ち着かなかった。
“ごちそうさま”
その意味が分からない。けれど、ミレイアのあの顔だけは妙に引っかかる。からかいとも違う、確信めいた目。
リゼはちらりと隣を見る。
アシュレイは何も言わない。ただ、いつもよりほんの少しだけ静かだった。その沈黙が、妙に気になる。
「……」
リゼは視線を前に戻した。
けれど数歩後、また無意識にアシュレイを見てしまう。そのたびに、胸の奥が小さくざわつく。
理由の分からない違和感。それを振り払うように、リゼは小さく息を吐いた。
「……変だな」
ぽつりと零れた声に、アシュレイが一瞬だけ視線を向ける。
「何がだ」
「いえ……何でも」
そう返した瞬間、自分の言葉が少しだけ曖昧だったことに気づく。
でも、それ以上説明できるものもなかった。
アシュレイはそれ以上追及せず、ただ歩幅をわずかに緩めた。
また、自然に。
リゼはそのことに気づいてしまって、今度は目を逸らすのが少し遅れた。
胸の奥の違和感は、消えないままだった。




