第27話 広がる支配
再び先程の騒ぎがあった場所へ戻ると、ローグは男性の、ルアスは女性の村人たちの話を、分担して聞いていた。
ローグの前に集う男衆の中に、やはりガペルの顔はなかった。
ルアスと話していた婦人がサガとブランに気付き、ルアスも振り向いて二人を見つけると、ゆったりと、至極落ち着いた足取りで近付いてきた。
「そっちの話は聞けた?」
「はい。そちらは?人数多いですけど」
「心配ごととか、言いたいことは皆同じっぽいから、粗方聞けたって言って良いかな。ローグの方も、最初は皆萎縮して静かだったけど、途中からは活気が出てきてたっぽいし」
ローグも村人たちとの話に一区切りつけて、こちらにやってくる。
「おう。やっぱ、本気でお前のことを略奪の先駆けだなんて思ってるのは、あのガペルってヤツだけっぽいぜ。さっきはガペルに同調してたやつらも、頭が冷えて考えが変わってきたらしい。そっちはどうだ?」
「それが───」
「サガ様。私から言わせて下さい」
ブランの覚悟を尊重し、サガは大人しく引き下がることに決めた。
「ローグ様。ルアス様。どうか私を、王を、お助けください。あのお方は、本来善良な方なのです」
再び、二人に跪いて助けを乞う。
二人は少しだけ目線を交えて、それで意見を一致させる。
「ああ、もちろんだ。元々俺らも、その王さまが持ってる宝石にちと用があるしな」
「本気でやってやるから、安心しなさい。私、善人が狂って転落とか嫌いなの」
「お二人にも、この上無き感謝を。必ずやお礼はいたします」
「さ、それよりよ。出発の前に、もう一回村人に話するんだろ?皆落ち着いたから、今ならさっきの二の舞は無いだろう」
「ええ、ありがとうございます。ガペル様はやはりいらっしゃらないようですが、それでも、また彼を憤らせたり、不安を煽るような情けなさは見せません」
ブランは一人、村人たちの前に向かう。
三人は、自分達の存在が邪魔にならないよう、動かずに今の場所から見守る。
数十人が集まっているのにとても静かで、ブランが深く息を吸う音が聞こえてくる。
「───皆様、どうかお聞きください。先程は申し訳ありませんでした。皆様の不安、恐怖、怒り、全て当然のものでございます。しかし、そこまで配慮が回っておりませんでした。私はこれより、あちらの旅の方々、サガ様、ローグ様、ルアス様と共に王都に戻り、王を止めます。これは償いなどではなく、何もかも及ばなかった私が果たすべき義務と考えております。皆様がすぐに安心を取り戻せることを、私、アーノルド・ブランの名に懸けて保証いたします」
堂々と胸を張り、真っ直ぐな瞳で一人一人と目を合わせる。
何からも逃げる気はない、強く高潔な覚悟を、その場の全員が感じ取っていた。
「…ブランさん、謝らせてくれ!」
「!ガペル様…」
建物の影から、ガペルが声を張り上げて現れる。
「昔からああなんだ。視野が狭いくせして、カッとなりやすくて、そうなると止まらない…違ぇ、こんな言い訳しに来たんじゃなくて、あんたの、いや、あなたの今の言葉で目が覚めた!あなたみたいに高潔な人が、王さまの略奪の手先なわけがない!王さまにしてもそうだ!今の暮らしも全部王さまの統治のおかげってこと、忘れてた。あの王さまには随分良くして貰った…確かに、急に略奪なんか始める人じゃねぇ!何かおかしいんだ!頼む、ブランさん!俺を許してくれなんてこの際言わねぇ!ただ、王さまを、どうにかしてやってくれ!」
「…ガペル様」
ブランはゆっくりと、頭を下げるガペルに近付いていく。
ブランの右手が、固く握られたガペルの左手を取る。
「この国に住み、王の愛を受け、王を愛す王国民として、思いは同じです。私も、自分の力や配慮が足りなかったことを許して欲しいなどとは言いません。代わってこれだけを誓いましょう。王を、お任せください」
「…ああ…ああ、すまねぇ…ありがとう…!」
二人は両手を固く握り合う。
「円満解決、って雰囲気だな」
「いえ、まだ何も解決していませんよ。早くその王さまの元へ行かないと」
「ゴールだけ見てても辛くなるよ?目先のものにも目を留めて、一喜一憂してかないと。サガちゃんはまだその辺堅いんだからなぁ~」
「…まあ、それは確かに」
「ほれほれ、取りあえずここが落ち着いたんならすぐ出発だ。急がなきゃいけねぇってのもそうだしな」
村人たちに見送られ、村を出てから二時間ほどした。ブランが連れていた二頭の馬に加え、村から借りた二頭に一人ずつ跨がり、王都への道を走っている。
今は森林地帯に入り、そろそろ抜けるというところだった
「この先、森を抜けてすぐに宿場町があります。その次の町まではそれなりに遠く、馬の体力もあります。今日はそちらで一晩過ごしましょうか」
「そうだな、ぼちぼち日も傾いてきてるし、そうするべきだろう」
さらに数分走らせると、もう森を抜けて、その宿場町を囲う壁が前方に見えた。
「…なんか、聞こえませんか?」
何かしらの音が聞こえた気がして、サガは声を出す。
「サガ様もですか?私も、何か…人の叫ぶ声…?」
「あ、あっち!西側の奥!煙じゃないの!?」
「まさか略奪の兵が…そんな、もうここまで…!」
「急ぐぞ!馬飛ばせ!」
最高速度で町への道を駆け抜ける。関門に兵士は一人もおらず、町に入るとより色々な音が耳に飛び込んできた。
主に町の奥の方からだ。人の叫び声、怒鳴り声、何かをぶち壊すような音に金属音。
「やはりあの煙の辺り!」
その場所を目指して大通りを駆け抜けていると、前方に家族らしき三人が見えた。
先頭を走っていたブランが馬を止め、その三人に話しかける。
「失礼、そこのお三方!あちらで何が起きているのでしょうか!?」
「王さまの略奪です!金目のものに、食料に、家畜まで!少しでも抵抗したらひどい目に…」
「見ての通り、火まで上がる荒れようです。私たちも、子供を連れてここまで逃げるので精一杯で…今頃家は…」
声を震わす奥さんは今にも泣き出したいだろうに、我が子の手前堪えている。
「…急がなければ。貴方方も、このまま早くお逃げなさい。東の方へ行くか、この先の関門にある小屋に隠れるとよろしい」
「お逃げなさいって、貴方たちは…」
「可能な限り被害を抑えてきます。さあ早く!」
「え、ええ!ありがとうございます、お気を付けて!」
三人家族を行かせて、自分達も再び馬を走らせる。
少しづつ音の元も近付いてきて、逃げ惑う町の人も多くなってきた。
「大荒れだなクソッ。ブランさん!この先は荒事になるだろうから、ルアスと一緒に避難誘導を頼めるか!兵士は俺とサガで止める!」
「承りました!ご武運を!」
二人と別れ、ローグとサガの二人でさらに進む。
やがて炎に包まれた広場に出る。あちらこちらで、町の人が兵士に物を奪い取られている。
一際頑固に抵抗している人に、兵士がついに剣を抜く。
「っ!やめろ!」
馬から飛び降り、全力で地面を蹴る。爪を硬化させ、間に入り込んで剣を受け止めた。
「逃げてください!早く!」
「あ、ありがとう!」
兵士を蹴り飛ばし、再度周囲を見回す。
「貴様、王命に逆らったな!不敬なり!不敬なり!」
その兵士の声で周りの兵士も手を止めて、サガに向けて剣を抜く。
「何が王命だこんチクショウ!」
ローグが一人の兵士を、背後から殴り飛ばす。
「貴様も逆らうか!王の手である我らを傷つけることは、即ち王を傷つけることである!無論!死罪である!」
兵士たちが一斉に襲いかかってくる。サガは先程蹴り飛ばした兵士に突っ込んで、剣を弾き、首に当て身して気絶させる。
剣を奪い、続けて襲いかかる兵士たちに対抗する。
ローグは素手のまま、上手く剣を躱して反撃している。しかも、殆どの兵士が一撃で気絶させられている。
しかし、確かに気絶したはずの兵士の一人が、白目を剥いたまま立ち上がる。
しかし、その動きはまるで壊れた人形のようにぎこちない。
「ハァ!?なんだコイツ!操られてんのか!」
「ローグさん!今回の残滓は多分ロマヌスさんです!もしかしたらその王さま、残滓伝いで権能の一部を使えるとかって無いですかね!?」
「マジか…大いにあり得るな!だが、そうだってんなら───!」
その起き上がった兵士に、破壊の力を込めて軽い一発を加える。
無論対象は兵士そのものではなく、支配の力だ。
兵士は糸が切れたように崩れ落ちた。
「ビンゴ!サガ!お前も吸収で支配の力を取り除いてやれ!」
「わかりました!」
鍔迫り合いに押し勝ち、兵士の剣を持つ手を捻り上げ、悶絶したところで顔を鷲掴みにする。
吸収の天性を発動し、兵士から邪な魔力───支配の力を吸い取り出す。
するとその兵士も力無くふらふらと後退し、地面に倒れた。
「見た感じあと二十人ってとこか…いけるなサガ!」
「はい!」
約二十分後、十人ほどの増援があったものの、殆どの兵士を支配から解放できた。
その増援も、他の場所で略奪していた兵士が全員集まってきたもののようで、周囲の叫び声も止んでいた。
「傷はないか、サガ?」
「大丈夫です。手の甲を少し切っただけです」
「そうか、良かった」
「サガ様!ローグ様!」
ブランがルアスと共に走ってきた。
「ブランさん!町の人は?」
「幸い、確認できた限りでは負傷者は多くなく、傷も酷いものではありませんでした」
「そうか。しかしブランさんよ。事態は思ったより深刻かもしれん。この兵士たち、王さまに───正確に言えば、件の宝石から王さまに流れ込んだ力で、意識を支配されていたんだ。なんと気絶したままでも起き上がってきた。今は全員正気に戻したがな」
「なんと…そんな事に」
「兵士たちが言うこと聞くのかってのは疑問だったけど、確かにそれなら納得」
「ええ、これじゃあ誰も王さまを止められない…」
「しかしこの兵士たち、どうするよ。絶対町のやつらとはトラブるぞ」
「町の方々にも事情を説明し、理解していただく他ありません。難しいでしょうが…」
「王都までは、あとどのくらいなんですか?」
「まだもう一日はかかってしまいます」
「そうですか…とにかく、今は町の人の手当てと、説明に勤めましょう。こっちは俺と、ルアスさん。お願いできますか?」
「は~い」
「では私は、ローグ様と町の方を」
「お願いします」




