第23話 誰がための勇気
「来た道の方を突破します!この数だとすぐに隙間が埋まるので、ピッタリくっついてきて下さい!」
「わ、分かった!」
覚悟が決まって勢いづいたセリに、クラックは一転してリードされる。
道を塞ぐ二体の怨霊を、御札で動きを止め、片方を祓って出来た隙間を突破する。
たちまち五体の怨霊が、怨嗟の唸り声を上げながら追跡を始める。
「そこ、左!」「次は斜め右!」と、背中から飛んでくるクラックの指示に従い、全速力で来た道を戻っていく。
「前方、段差!気を付けて!」
「そう高くないです!飛び降ります!」
かつてない即決力と度胸に加え、頭も不思議なほどに落ち着いていたのに、セリ自身驚いていた。
「クラックさん!飛び降りたら後ろを見ないように!」
「了解!」
セリは飛び降りざま、胸元から御札を後方へ撒いた。
山で黒装束の目眩ましに使った、光る御札だ。
薄く濡れた岩に足がもつれるも、二人とも着地に成功する。
それと同時に、後方、段差の上で御札が光り、怨霊の苦痛の声が聞こえる。
「あれは範囲広めの効果短めです!急ぎましょう!」
再び駆け出す。も、セリは少し息切れし始めていた。
(ただでさえ体力が無いのに、滑りそうになる度余計に持って行かれる…御札はまだあるけど、多くはない…でもやっぱり、このままじゃ体力が先に無くなる…!そうなったら私だけならともかく、クラックさんまで…結界を張る…ダメ、岩を彫って印を刻むような隙は───)
「あっ!クラックさん!あの、マーカー、でしたっけ?貸して下さい!」
「ああ、分かった!」
「ありがとうございます!それと、ある程度開けた空間って、この先にありますか?」
「確か、あと二つ曲がった先がそれなりに広かったけど…何を?」
「これで、地面に印を書いて結界を張ります!」
「結界と言うとアレか!霊に対するバリア!あ、そこ左後ろ!」
「わっ、とと。はい、だいたいそうです!」
返事ついでに後を覗く。と、一体の怨霊がクラックに追い付きそうだった。
思考と会話に気を取られ過ぎて、怨霊への注意が疎かになっていた。
「クラックさん目を瞑って!」
咄嗟に光る御札を取り出し、後ろへ投げる。
再び怨霊たちが動きを止める。
一方、急な指示にも対応し、クラックは平気だ。
「危なかった!ありがとうセリさん!」
「ギリギリで気付けてよかったです!」
少し地面がデコボコになってきた。加えてやはり薄く濡れて滑りやすい。
それでも走る。とにかく走る。
「そろそろだ!右に曲がって!坂になってるから気を付けて!」
「はい!それと、クラックさん、光量を上げられますか?」
「ああ、できる!」
分かれ道を右に曲がり、滑らないように坂を下りていく。
同時にクラックは、マルチステッキに流す魔力量を増やし、光量を上げる。
「印を書きます!ごめんなさいですけど、少しの間逃げてください!」
「了解した!」
坂が終わり、わりかし平坦で開けた空間に出ると、セリはまず、壁に沿ってぐるりと円を描く。
一周したところで、円の内側に、星形に線を引いていく。
一本───二本───三本目を引く途中、襲ってきた怨霊に御札を張り、動きを止める。
四本───五本目を引こうと振り替えると、クラックが挟み撃ちにされかけていた。
「目を!」
再び光る御札を取り出し、怨霊たちの動きを一瞬止めた。
より端的な指示でも、クラックはやはり汲み取って、目を瞑っていた。
この隙に五本目を書ききる───しかし、横から二体の怨霊が襲ってきて、体勢を崩してしまう。
「クラックさん!」
完全に転ぶ間際、マーカーをクラックへ投げる。
クラックがキャッチし、意を汲み取ってこちらに走ってくるのを確かめると、まず今襲ってきた二体を、次いでクラックとすれ違い、彼を追う怨霊を食い止める。
セリとすれ違ったクラックは、セリがさっきマーカーを離した辺りから、再度線を引き始める。
線が円まで到達すると、この明るさではほぼ目視不可能な筈のマーカーにより書かれた印が、はっきりと光り出す。
「よかった!結界、できました!」
怨霊たちが一斉に動きを止め、苦しみもがき始める。
結界の内側に入ろうとする怨霊たちも、見えない壁でもあるかのように弾かれている。
「すぅ…はぁ…これで、一安心できると思います。多少いびつな印ではありますけど、この程度の数なら───」
その語尾は、目線の先の光景の衝撃で消えてしまった。
さっきセリとクラックも通ってきた道から、次々と怨霊がやってきては、結界に弾かれていく。
しかし、数が明らかに多すぎる。
十体よりも優に居る。二十体よりまだ多いかもしれない。
代わる代わる結界に突進を仕掛けている。
「なんだあの数…二十体は居るぞ」
「そんな…ダメです、あんなに居たらすぐに突破される!逃げて!」
「まだ足りないんですか!?」
「ちょっと、あともうちょっとなの!あーでもあっちもピンチ!あと一分で良いから耐えて!」
サガがルアスへ、全力でエーテルを注ぎ込んでいる。
傍らにはローグがかき集めてきた、多少なりとも魔力を含んでいた石や植物が積み上がっている。
それらの魔力もすでにサガからルアスへ与えたが、まだあと少しだけ足りない。
セリとクラックが駆け出すのとほぼ同時に、早くも結界が破られる。
群れた怨霊が黒い波のように襲ってくる。
運の悪いことに、道はひどく険しい上り坂になっていた。
光るお御札を次々に投げるが、怯んだ怨霊たちの後ろから、無事な怨霊たちが次々に湧いてくる。
ついに光る御札が尽きる。ならばと、手を伸ばしてくる怨霊に通常の御札を張り付けていくが、やはり数が多すぎる。
なんとか坂は上りきったが、御札はあと六枚しか無くなってしまった。
ただひたすらに走る。前方も後方も闇の鍾乳洞を、命懸けで走る。
しかし、セリの体力はもう限界寸前だった。
走り、地面に印を書くために不安定な姿勢で駆け、怨霊を迎撃しつつ坂を上ったのだ。無理もない。
(やっぱり…私は…)
少しづつ走る速度が落ちてくる。
「セリさん!諦めずに走って!」
(せめて…クラックさんだけでも…)
御札をもっと持ってきておけば。上手く使えていれば。一斉にお祓いができる術を身に付けれていれば。結界がもっとちゃんとしていれば。
全ては自分の力不足のせい、ならば自分が責任を───。
そう思って振り返ろうとした矢先、前方に光が現れる。
『手を!』
サガとローグが、光の向こうから手を伸ばしている。
クラックの手をサガが掴む。
怨霊が今にも背中に触れる、その正に紙一重で、ローグがセリの手を掴めた。
ルアスが開いた時空の門から、サガがクラックを、ローグがセリを、後ろに倒れるほどの勢いで引っ張り出す。
怨霊までも来ないように、すぐに時空の門は閉じられた。
「はぁ…はぁ…サガ…さん…?」
「ローグ、さん…ありがとう…」
立ち上がる気力も無く、地面に突っ伏したまま、喘ぐように呼吸をし、掠れた声で感謝を述べた。
「俺たちこそごめん。ギリギリになった」
「何より、やっぱり巻き込んじまった。あの丘の上で待たせておくべきだった」
対してサガとローグは、心底申し訳なさそうに二人に謝罪をした。
意外なことに、セリから起き上がった。
苦しそうではあるので、ルアスが支えに入った。
「あの…私…」
しかし言い淀んでしまうのを見て、先にクラックが、寝たまま声を出した。
「僕は、案外後悔は無かったよ…それと、セリさん」
「え?」
不安そうな、下手すれば泣いてしまいそうな声だった。
「…助かったよ。本当にありがとう。君は僕の命の恩人だ。もっと、自信を持って良いんだよ」
「私…わたしは…」
皆が、静かに続く言葉を待った。
「たくさん…成長出来たと、思います…私、皆さんから見て、少しは強く、なれたでしょうか…?」
「えぇ、全部見てた。あ、私がルアス。よろしくね、セリちゃん。セリちゃんはきっと、あれだよ。誰かのためなら、自分でもビックリするくらいの勇気を出せて、何倍も頑張れる。そんな強さを持ってるわ。とっても立派だと思う」
「ルアスさん…」
「僕も同意見だよ、セリさん」
サガとローグも、顔を見合わせて、無言で同意を示した。
「…はい…!」
その目尻には、涙が溜まっていた。しかし浮かべた笑顔はどこまでも晴れやかで、彼女がこれまで浮かべたどんな表情より、誇らしげに見えた。




