第21話 弱り目に祟り目
サガは己の手の内のものの感触を、しっかりと確かめる。
「良かった…もうあんな目こりごりだ…うっ…ヤバ、吐きそう…眩暈もする…」
走り、溺れ、落ちて、流され、また走り、また流され、サガの三半規管は限界が近づいていた。
ゆっくりと起き上がって、三回ほど深呼吸をすると、多少収まってきた。
(ルアスさんの残滓…ローグさんが心配だし、はやく復活させたいけど…魔力、エーテルをちょっとづつ吸収してはいたけど、足りるかな、これで)
多少の心配を胸に、早速ルアスの復活に取り掛かる。
少し、手の内のルアスの残滓を観察する。
澄んだ海のような、満月の夜空のような、深い青色をしている。形はローグと大差ない。表面には、光に当てると若干のひび割れが見えた。
(俺の魔力でこのひびを埋めていく…みたいな感覚でいいと思うんだが…どうだろ、ローグさんのときは焦ってて、とにかく魔力を流してただけだったし。魔力をひびにだけ集中させて流せば…)
このままだと心配事の奔流に押し流されて中断してしまいそうだったので、ここらで踏ん切りをつけ、魔力の流し込みを始める。
さっき脳内シミュレーションした通りに、指先に魔力を集中させて、ひびをなぞるようにしながら魔力を流していく。
なぞられた部分は綺麗にひびが埋まっている。
(よかった、上手くいってる…!けど…)
前よりずっと少ない魔力でいいといっても、それなりには消費されていく。
鼓動が逸るのを感じる。息が深くなっていく。
(片面、終わった)
残りもう片面、魔力の残りは、半分よりはまだ少しある。
(焦るな、無駄に魔力を使うことになる)
残滓をくるりと裏返すと、上から下まで入った大きいひびが現れた。
(これは…足りないよな、どうする?…埋めきれないよりは、薄くでも全体を埋めれてる方がいい…か?)
まずは他の細かいひびを全て埋めてしまう。
そして、緊張しつつもその大きいひびを片手で覆い、残りの魔力をひび全体に均等に、惜しみなく流し込んでいく。
空っぽになるまでとにかく魔力を絞りつくし、ひびを覆っていた手を外してみる。
表面も表面の部分だけは埋まっているが、透かしてみるとそのすぐ下はまだ割れたままで、少しの圧力ですぐ割れてしまいそうだ。
固唾をのんで残滓をじっと見続ける。期待と不安の板挟みで胸が苦しい。
三秒───五秒───時間が引き延ばされているかのようだ。残滓にまだ変化はない。
七、八、九───残滓が突如、光を放った。
「うわっ!?」
緊張で頭が真っ白になりつつあったサガは、驚いて残滓を放り出してしまった。
慌てて掴もうとするが、立ち眩みが来てバランスを失う。
光量を増しつつ落下する残滓に覆いかぶさるように手をついて倒れこんだサガは、その眩しさに目を閉じてしまう。
一秒にも満たないほどの後、瞼の向こうで光が収まったのを感じた。
ゆっくりと目を開けてみる。そこには───残滓と同じような深い青色の長髪をもち、髪と同じ青と黒と金色の意匠が施された純白のローブを着て、端正な顔を情けなく半泣きに歪めた女性が居た。
はからずもルアスを押し倒したかのような状況に、若干ドギマギしてしまう。
半ば放心状態で二秒ほど見つめあっていると、ルアスから震えた声が漏れる。
「…き」
「き?」
「消えるかと思った~!!!」
「わっちょっ!?」
ついに泣き出して、女性───時空の神、ルアスはサガに抱きついて、離れようとするサガと共にジタバタと暴れながら泣き叫んだ。
サガの格闘は二十秒ほど続き、ようやくルアスを引き剥がした頃には、彼女も多少落ち着いてきていた。
「ハァ…ハァ…あの、不安だったのはわかりますけど、こっちも結構緊急事態で…」
「う~薄情者~!もうちょっとくらい私の八つ当t───慰め役してくれても良いでしょ~!?」
「八つ当たりって言いましたよね」
「いや~いやいやぃゃ…」
「あーもう取り敢えず話だけ先聞いて下さいいや聞かせます」
「で、ローグとははぐれたけど何とか私復活と」
「と言うことで、ローグさん探せますか?話してる間に権能の力も収まってきたみたいですし」
顔を上げて周囲を見回すと、歪んでいた景色がほぼもとに戻っていた。
「しゃーないなー。寝起きでこき使ってさ~」
ルアスもすっかり泣き止んで、ぶつくさ言いながらも権能を発動する。
「あ、見つけた。今は千二百年前のここで…何これ、カラフルな…孔雀?スピノ?に追われてる」
「あぁ、あの…じゃなくて!早く連れ戻して下さい!今ローグさんも魔力空っぽなんです!」
「はいはいはーい」
ルアスが指をパチンと鳴らした。
「おぉお!?ぐふぁ!!!」
サガの背後から何か重いものが落ちたような音と、野太い声が聞こえてきた。
「おぉ、ローグさん」
「あ!?サガ!それにルアス!そうかやったか!」
「ありがとせんきゅー」
再会の感動も何もない軽い挨拶と感謝を受け、ローグも少し項垂れた。
「ったーひどい目に遭った。またあのサンバコカトリスが現れやがってな」
「サンバコカトリスって、さっきのあのカラフルな?」
「そうそう。名付け親はサガな」
「いや違…くない悔しい!あーもう取り敢えずクラックさんとセリさんと合流しましょうほらほら!立てますかローグさん?」
「私魔力空っぽで立てなーいおぶって~?」
「魔力と体力は別でしょう。行きましょうローグさん」
「あーん今日はいつもより冷たい!」
「あれ、この辺で待っててって言った筈…ですよね?ローグさん」
「ああ、その筈なんだが…丘の向こうを見てみるか」
丹念に辺りを見回しつつ、行くときに越えてきた丘を登っていく。
躊躇うような重い声色で、サガがゆっくりと口を開く。
「あまり考えたくは無いんですけど…その、転移…してしまって居たとしたら…」
「だとしたら不味いわよ。さっきので魔力空っぽなのはマジだから」
「俺もサガもそうだからな。連れ戻す手段ねぇぞそしたら」
丘の頂上が近づいてくる。向こう側の景色が見えてきそうだ。
頼むから居てくれ、と言う期待と、居なかったらどうしよう、と言う不安。
その先の景色を見たいような、見たくないような、それが焦れったいような、恐ろしいような。
恐る恐る、頂上に進む。辺りを見渡す。ドキッとして、もう一度見渡す。
「…居ない。居ない、どうしましょう!なにか危険な目に遭ってたら…!」
「皆まで言うな、俺らの責任だ。何としても探しだし、連れ戻す。とにかく魔力だ。魔力をかき集めるぞ」
「二人居るんでしょ?結構要るわよ、魔力。その前にまずどの時空に居るのか探さないとだし」
「湖の方に戻りましょう!あっちなら、残滓から漏れた魔力がまだ滞留してるから、エーテルを吸収しての魔力回復効率が良い」
「魔力持ってる生き物とかも居るだろ。探して捕まえてくる。お前も手伝えよルアス!」
「わかってるっての!そこまで恩知らずじゃないから」
「そんな、ど、どう、して…こんな、ところに…」
「…初めて見たよ。あれが、そうなのかい…?」
そう言うクラックとセリの声は、恐怖に揺らいでいる。
「そうです…でも、なんでこんな場所に…怨霊が…!」




