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カミニイタルモノガタリ  作者: Saga
神の残滓編 前編
20/28

第20話 フォーリング・ガイズ

 浮遊感───それも、数日前に味わった感覚に似ているようなものを、漠然と全身で感じた。


 だが次の瞬間、酸欠とショックで飛びかけていた意識が、より強いショックで叩き起こされた。


 表皮が刺すような冷気に覆われる。全身が鈍い、圧迫感にも似た痛みに満たされる。


 吸い込んでしまった水が、肺からゴボゴホと音を立てて逆流する。


(なんだ…!?なにが───)


 朧気な視界は空色に染まっている。


 なぜだかとても息がしづらく、頭も打ち付けられるように痛いが、冷気のお陰で思考はクリアになってきた。


「サガ!おいサガ!起きろ!無事か!?」


「ロー…さ…ゴホッ!ゲホッ!」


 ローグの声が聞こえた方を見ると、彼は大の字で飛んでいた。


 ───否、落ちていた。


 ようやく気付く。目に映る空色は正しく空の色であり、自分は今、重力に身を委ね、自由落下をしている最中なのだと。


 下から絶えず風が打ち付けてくる。この高度では呼吸もままならない。


「起きてはいるな!良いかサガ!今度は遥か上空に飛ばされた!数十秒後にゃミンチになるぞ!」


「何か…手は…!?」


 ローグは生物ではないため、この環境下でも息苦しそうでもなんでもないようだった。


「下、見えるか!?景色が歪んでわかりにくいがあの湖だ!これから俺の魔力あそこに全ブッパして、ルアスの力も破壊しながら湖の水を吹き飛ばす!んでその波にかっさらってもらうぞ!」


「そんな、滅茶苦茶な!」


「これからの残滓集め、この程度日常茶飯事になるぜぇ!?今のうちから覚悟してろ!」


「タイミングとか!」


「フィーリングでやる!安心しろ!」


「安心できる要素どこにあるんですか!?」


 そうこう言ってるうちに、もう一番低い雲がある高度を突き抜けた。


「観念しろ!今度は溺れるなよ!いくぜ!」


「でも、そうだ、ローグさん!さっき、湖に残滓が!」


「えっマジか!?だがしゃーねぇ!まだ飛べない以上生き残るにゃこれっきゃねぇ!」


 ローグが自身の全魔力を右の拳に集中させる。


 はち切れんばかりに凝縮された破壊の力を込めた拳を、湖を見据えながら引く。


「『破壊の(クラッシュ)───」


 数百億の時を生きた神の感覚は伊達ではない。


 荒く猛る破壊とは果てしなく遠いほどに正確に、緻密に、ローグの脳内で計算がされていく。


 エーテルの感じ、残滓の力による景色の歪み具合、水の流動───正確無比な破壊が、解き放たれる。


「───波動(パルス)!!!』」


 今のローグの全力の破壊が、大気を震わせ、自由落下よりも疾く下へ、下へ。


 時空の神の権能の力を砕き、歪んだ景色を逆に正しながら、破壊の波動は湖めがけて飛び込んでいく。


 湖面が弾ける。いや、その程度の表現、その程度の事態では収まらない。止まらない。


 火山の噴火の如く、飛沫が上がる。


 破壊の波動は尚も止まらず、遂には湖の底を露にした。


 落ち行く二人の体は水飛沫をもろに浴びながら、大洪水もかくやという水の奔流を受ける。


 しかしてその水流は聖母の手のひらのように、時速約二百キロメートルで落下した二人を受け止め、陸まで押し流した。


 水中、空、水中と来て、やっと陸に戻れたサガは、水流の第二波、第三波を寝湯のように仰向けに受けながら、生きた実感を噛み締めていた。


「おう、無事だったようだな」


 ローグが視界にひょっこり現れて、見下ろしてくる。


 彼の濃い肌色に、昼下がりの陽光を受けた雫が眩く光り、よく映える。


「…まあ何とか。酸欠と気圧差でどうにかなりそうでしたけど。しかし、ローグさん。何故技名を叫ぶんです?」


「男のロマンがわかっちゃいないな~おまえは。ああすると気分アガるんだよ」


 呆れたような、バカにしたような様子で、ローグが見下げてくる。既に見下ろされてはいるのだが、見下げてくる。


(…まあ、俺も影でそう言うの考えたりはするけど…誰にも言わないけど───)


「お前だって影ではそう言うの憧れてるくせに」


「なんっ!?」


「はっ!かかったなバカめ!そっかそっか~やっぱり男の子だもんな~?ハッハッハ!」


 イラつくニヤけたドヤ顔でローグがサガをここぞとばかりにイジり笑い倒す。


「…ローグさんって、今魔力カラッポですよね」


「あ」


 大笑いしていたところで動きが凍りついたので、アゴでも外れたみたいになっている。


 ゆっくりとサガが立ち上がる。大きく弱体化しているはずなのにとてつもないオーラを放っているように、ローグには見えた。


「相手と状況を考えてからそう言うことしましょうね、ローグさん?」


「いやー今のは何て言うかそのー…ん?んー…?あ?あーーー!!!オイあれ!?あれ!」


「今時『あ、U.F.O.!』なんて通じませんよローグさん」


 爪を刃状に変形させたサガがジリジリと迫る。


「違えっての!ほらあれあそこ!残滓!ルアスの残滓じゃね!?」


「えっ!?」


 そう聞いては流石に振り向かずにはいられない。


 ローグが指差す、距離にして二十メートルほど先の岩場に、正しくつい数分前に目にした、藍色の結晶───時空の神、ルアスの残滓が転がっていた。


「取れ取れ取れ!ワープさせられる前に取れ!」


「あっヤバい波も来てる!」


 多少落ち着いてきたかと思われたが、またも大きめの波が迫ってくる。


 残滓は湖の割と近く、波にさらわれて見失いかねない。


 慌ててサガが、次いでローグも飛び出す。約二十メートル程度二人なら一瞬だが、なにせまた転移させられかねない───とサガが思った矢先、後ろのローグの焦った声が聞こえてきた。


「不味っ!?止まるなサガ───」


 残響を残してローグの姿が消えた。


 咄嗟に振り返って手を伸ばそうとする体を無理矢理引き留め、前へ走る。


 飛び込むように最後の一歩を強く踏み、限界まで手を伸ばし、波とほぼ同時に、指先で残滓を掴んだ。


 二メートル弱はある波の勢いはとてつもない。


 サガの体も押し流され、所々が岩に叩きつけられ、岩肌で傷が出来る。


 それでもただ、指先に、全身全霊と握力を込め、残滓を絶対に離さない。


 体感はもっと長かったが、時間にしてほんの数秒後、波が引いて岩場に転がるサガの手には、ルアスの残滓が固く握りしめられていた。

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