第19話 一部咲の自信
「気を付けて。ここ結構濡れてるから滑らないように」
「下は…水が溜まってるんですか?鍾乳洞って、なんでどこも濡れてるんでしょう?」
一メートル強ほど横はもう断崖、下にはうっすら水が見える。
恐る恐る進みつつ、下をチラチラ覗きつつセリは聞く。
「上が湖だろう?この鍾乳洞は、その水が地面に染みて、岩を溶かしてできてるんだ。あの氷柱のような形状の岩───鍾乳石も、その過程で水が含んだ成分が少しづつ固まって、層をなすことで形成されていくんだ」
蘊蓄を聞かせつつも、クラックは間隔を研ぎ澄まし、警戒をし続けている。
いざ歩き出して早十数分、何事もなく順調に歩き続けているが、また転移か何かがあるかもしれない。
可能な限り、二人はお互いから離れすぎないようにして歩いている。
「デコボコで、歩きにくくなってきましたね」
「地味に下り坂にもなってるのがね。滑らないように、僕が踏んだ辺りを目印に進んで」
滑って頭でも打とうものなら大変なため、かなり気を張り疲れが溜まる。
「しかし、今更ながら色々と不安になってきたな。さっきから深い方に行ってるし」
「深いところだと、何かまずいんですか?」
半分独り言のつもりで漏らした言葉が、セリの不安を無駄に煽ってしまったようだった。
なるべく冷静で、穏やかな感じの口調を心がけて、クラックは返答する。
「いや、何でもないよ。こっちの道で大丈夫だろうか、装備は手持ちで大丈夫だろうか、みたいなのがふと心配になっちゃっただけで。職業病みたいなものだよ」
「そう、ですか…」
無自覚のうちに、二人とも心の方も急激に疲弊しつつあった。こんな状況では無理もない話である。
そうなると会話を続けるのも億劫になるもので、鍾乳洞には二人の足跡と水音、たまにクラックがマーカーを引く音が響くのみとなる。
気分、空気と共に足取りも重くなっていくが、あてもなく黙々と鍾乳洞探索を続ける。
「道が狭くなってきたね。中腰だと転びやすいから、気を付けて。そしてこれは…どっちに進もうかな…はぁ」
クラックがマルチステッキで照らして眺める先では、道が三つに分かれていた。
疲労から、クラックは無意識にため息を漏らす。
「あの、この辺で少し休みませんか…?クラックさんもお疲れに見えますし」
その姿をみてクラックの疲れを感じ、連鎖的に自分の疲れにも気付いたセリがそう提案する。
「ん?あぁ、そうだね、そうしようか。別に急いで進む必要もないし」
少し濡れている地面に二人とも座り、セリは壁に、クラックは背負ってるリュックに体を預けて、深呼吸して疲れを吐き出す。
「…なんだが、結局クラックさんに頼りきりで、ごめんなさい」
自分自身良くないと心のどこかで思いつつも、リラックスしたせいか、また弱音が出てしまう。
「セリさんが謝るようなことなんて何もないよ。何事も適材適所で、洞窟探索は探検家の僕の分野だ。逆に、もし幽霊なんかが出てきたら僕は無力だけど、セリさんは巫女としてのお祓いの知識と技で対処ができるだろ」
巫女の知識と技、その言葉がなぜだかセリの頭の中でグルグルと回る。
「…あ!」
「おぉ、ビックリした…」
「あ、ごめんなさい…」
急に大声を出したセリに驚き、クラックがビクッとなってベルトの装備がガチャリと鳴る。
「それで、今思いついたんですけど、前お見せした土地の声を聞くというの…あれが、お役に立たないかな、って」
「あぁアレか!確かに、この先に何があるとかもわかるかも」
「あ、あんまり期待しないでくださいね…?では」
セリは居住いを正し、デコボコかつ斜めった地面に、案外器用に正座する。
「やってみます」
ゆっくりと息を吐きつつ、祈祷のように両の指を絡める。
その姿はやはり神秘的、かつ清廉で、クラックも見惚れてしまっていた。
場は清らかな静謐に満たされる。
一分か、ほんの十数秒だったかもしれない。
ゆっくりと、セリの濡れたように艶やかな瞳が、瞼の下から覗かれた。
「あ、どうだった、セリさん?」
クラックもハッと我に返り、結果を尋ねる。
「はい、無事聞けました。まず、真ん中はダメです。地面がもっとデコボコで、すぐに通れないくらい狭くなっちゃうのだそうで。左も水が溜まって通れなくて、右は道は緩やかですけど、もっと深いところに繫がっているらしいです。わかったのはそれくらいで…あの、どうしました?大丈夫ですか?」
「あぁいや、ただ…セリさん…やっぱり凄いよ、君」
驚きで目を大きく開けた、少し滑稽な顔のままクラックはそう言う。
「いえいえ、そんな…」
「もっと自信をもって良いよ!他の巫女さんがどれだけ出来るのかは知らないけど、こんな短時間で、目に見えない、常人には感じ得ない色々なことを知れる。とても凄いことだ」
目を輝かせながら、心の底からそう言うクラックに、セリの下向きな心にも少し変化が生まれる。
それはお前にしか出来ないことなんだから、それを自信にするんだ───先日のローグの言葉。
(そう言えばお師匠様も、昔そんな風に言ってくれたっけ)
昔々、まだセリが幼かった頃、いつも厳しかったお師匠様が、セリのその才能を褒めてくれたことがあった。
それが大層嬉しくて、そわそわしすぎて翌日叱られた程だ。
その時の感覚が、少しだけ再来してくる。
ただの喜びではなく、確かな自信、なりたい自分への一歩として。




