第18話 錯綜と開拓
一方、サガとローグもまた、残滓により時空を超越していた。
「…湖の反対側辺りに飛んだようですけど、おかしいですよね」
「ああ、こんなだだっ広い花畑じゃなかった筈だ。あっちの森の木も見るからに若い。過去に飛んだらしいな」
二人の足元には、蕾混じりの紫色の小さな花が広く生えていた。
「…あの、場所ならともかく、時間まで跳躍するのなら、残滓の回収なんて可能なんですか?」
しゃがんで花をいじりながらそう言うサガの声は、先ほどまでより暗い。
「ハッキリ言って運頼みだな。残滓が落ちたのより先の時代に飛ばされるのを期待して、尚且つそこで見つけるっきゃない」
「ですよね───っ!?」
腰を上げようとしたサガが、突如何かに引っ張られたかのように、物理法則を無視して飛ぶ。
「掴め!」
咄嗟に差し出されたローグの手を掴むも、なんとローグごと引っ張られていく。
「マジかァァァ!?」
激動のサガとローグとは逆に静かながら、同じく危機的状況であるクラックとセリは、一旦焦りが落ち着くのを待ちつつ、どうするべきかを考えていた。
「でもまあ…取れる選択肢は二つだね。待つか、動くか」
「お二人が、その、お探しの方を見つけられれば、私たちも戻れるんですよね…?」
「多分ね。時空に干渉できるとかなんとか言ってたし…信じられないけど、嘘とは思えない」
セリの無言の同意が、そのままただの冷たい静寂へと繋がる。
静寂は暫く続いたが、それに耐えかねたセリが声を出す。
「あ、あの…待つべき...なんでしょうか」
「…合理的に考えればね。身の安全が第一だし、冷たいことを言うけれど、ローグさんが言ってたように、僕らは巻き込まれた側だ」
セリが膝に顔をうずくめ、先程よりも重い静寂がやってくる。
「…でも、合理性じゃ押さえられないものがある」
セリがばっと顔を上げる。
「捨てられない矜持がある。無駄にはしたくない覚悟がある。人として、耐え難い情動がある。それらと合理性との折り合いを上手くつけていくのが、賢い生き方ってヤツなんだろうけど、僕にはそれが必ずしも正しい生き方だとは思えない。セリさんも、このままにはしたくないだろう。あの決意を」
「それは、もちろんそうです…!けど…本当に、良いんですか?」
セリはゆっくりと立ち上がり、遠慮がちにクラックを見つめる。
それに対しクラックは、優しい、しかし頼もしい目力のある笑顔を浮かべる。
「もちろん。正直僕も、さっきから探検したくてうずうずしてたんだ」
冗談めかした声色に、緊張していたセリの表情も、嬉しそうに、泣きそうに崩れる。
「クラックさん…ありがとうございます…!」
「どういたしまして。さて、それじゃ、足元に気を付けて。探検開始だ!…と、その前に」
クラックはベルトの右のポーチを開き、ペンのような棒を一本取り出す。
器用に片手でキャップを開くと、やはりペンのような、しかし筆のような、綿棒の先端のような部分が現れる。
「そちらは?なんだか先端が、不思議な質感と色をしてますけど…?」
「マルチステッキと同じく、僕特製の試作品『マーカー』だ。中の塗料と、油と、細かく砕いた鉱石の混合物が、この先端に染みだしてきて、こう、壁になぞると…」
柔いペン先が岩壁で潰れ、薄い蛍光ブルーのインクが染みだし、湿った壁にも難なく付いた。
「一瞬光を消すよ。気を付けて」
そう言ってマルチステッキの光が消されると、周囲が再び暗闇に包まれる。
しかし、前方の一部、先程マーカーでなぞられた部分が、淡く光っている。
「すごい…どうなってるんですか、あれ?」
「本来は、ほんの少しの光にも反応してよく光る塗料って代物なんだけど、魔力に反応して淡く光る鉱石を混ぜてあってね。こういうエーテルが濃い場所なら、自前でもああして光るんだ。来た道を見失わないように、これで目印をつけていこう」
マルチステッキを再点灯し、二人は洞窟の奥へと足を踏み出す。
全身があちこちに引っ張られているような、揉みくちゃにされているような感覚を一瞬味わうと、またも風景が一変し、サガとローグは勢いそのまま岩壁───否、地面に激突した。
「ローグさ…どい、て…」
「イッテェ…ん!?悪い!無事かサガ!?」
「なんとか…お次は森の中、ですか」
「なあサガ…感じるか。近いぞ。スッゲェ近い」
「近いって何が…あ!確かに!俺でもわかります!」
ローグに言われ感覚を鋭くしてみると、気配や魔力に鈍いサガでもわかる程に、空間のルアスの気配が濃くなっていた。
「ラッキーだぞ!探せ探せ!なんかキラキラしてるヤツ探せ!」
意気揚々とローグは歩き出すが、サガは地面にへたり込んだままで居る。
「どうしたサガ、腰でもやったか?ほれ」
ローグが手を差し出すが、サガはそれを取ろうともせず、ローグの顔…の後ろを見つめている。
「…あの、後ろ」
「あ?後ろ?」
怪訝な顔で振り返ると、濃い青色で、艶めかしい光沢を放つ…トサカがあった。
少し目線を落とすと、鶏とスピノサウルスを足して二で割ったようなヤツと目があった。
「コクルゥアアァァ!!!」
「なんだコイツー!!!」
それの咆哮を合図に死の追いかけっ子が始まる。
それはサンバのように妙にケバい羽をバタバタさせ、狂ったように頭を揺らしながら、逃げる二人を追いかけ回す。
「何ですかあのサンバコカトリス!!!」
「知らん!生きて帰れたら図鑑で探せ!」
異様な走り姿と鳴き声に追い立てられるように、とにかく必死に逃げ惑う。
森を抜け、湖が眼前に見えるが、まだしつこく追ってくる。
「おい!湖に飛び込むぞ!水中までは来んだろう!」
「っ~仕方ない!」
湖のギリギリで強く踏み込んで跳躍、自由落下のまま水中へダイブし、さらに深い方へ泳いでいく。
サガが一瞬後ろを見ると、あいつが未練がましく湖畔に立っているのが見えたので、もう少し泳ぐ。
刹那、視界の端に、何か輝くものが見え、水中ながら目を凝らしてみる。
周囲の水とは一線を画す、吸い込まれそうな深い青色の、手の平大の結晶。
驚き、つい息を吐いてしまい、まずいと思った頃には、水を飲んでパニック状態に陥っていた。
息苦しさに踠き、焦りも上乗せされ、上下感覚を失う。ローグが慌てて向かってくるのが見えた気がしたが、全身が唐突に浮遊感に包まれ、視界が急速にぼやけていった。




