第16話 旅路
翌朝、準備を整えて合流した四人は、屋台で軽く朝食を済ますと、早くも出発した。
「今から向かうのはハイゼンタール湖。西側半分は森に囲まれている豊かな場所で、周辺の地下には鍾乳洞が広がっていてね。ちょうどそこでは二本の霊脈が交わっていて、地下深くには豊富な魔力が溜まっていると考えられている。それを得るために国が色々やってるらしいけど、下手なことをすると湖の底が抜けるから、あんまり進んでないらしい」
「へえ。流石に詳しいな」
クラックの豊富な知識に、サガが素直な感嘆を口にする。
「そりゃあ、ほんの一月ほど前、これまた依頼でなんだけど、同業者数名と探検したからね。中はかなりの絶景だったよ。上から垂れ下がる、氷柱のような鍾乳石の数々に、エメラルドグリーンの水。一見の価値ありなんだけど、観光なんてのが可能になるまでは、どれだけかかることやら」
回想しながら語るうちに、クラックの声色は興奮気味になっていた。
「探検に関することを話すときのクラック、本当に楽しそうだな」
サガにそう言われると、クラックは我に返ったようにサガに顔を向け、少し気恥ずかしそうに苦笑した。
「まあ、実際好きなんだ。探検の話を聞くのはもちろん、話すのも。僕が探検で感じたワクワクや神秘を、他の人たちにも共有して、感じてもらいたいんだ。でも、百聞は一見に如かずと言うだろ。だから僕はいずれね、探検したことがなくても、魔法を使えなくても、誰もが気軽に、安全に旅ができるような、ガイドブックや便利ツールを作りたいんだ」
「立派な夢じゃねぇか」
「クラックさんならきっと出来ますよ!」
夢を語るクラックの顔からは、覚悟、憧憬、期待、それと少しの不安が感じられた。
「今日はここらで休もうか。このペースなら、明日の昼には着けそうだし」
途中小休止を挟みつつ歩き続け、夕方の少し前。
セリの体力も考えて、ここで夜を越すことにした。
クラックは背負っている巨大なバックパックを下ろすと、上下左右に巻いてくくりつけてある布を取り外した。
「それは?」
「敷いたり、ちょっと薄いけど毛布にしたり、何かくるんだり、色々なことに使ってる布だよ」
そう言って一つを広げると、人一人が寝転べそうな大きさだった。
「あ、でも、ローグさん…」
二メートルを超える巨体なので、この布からははみ出してしまう。
「俺は良いって。寝る必要ないからな。夜の番でもやってるさ。要るだろ?」
「ローグさん、そう言って前も寝てましたよね」
サガにそう指摘され、ローグに三人の視線が集まる。
気まずそうな、ばつが悪そうな様子でローグは口を開く。
「あれは…アレよ…昼寝で五時間寝ちまった的な…だあー!オイその目やめろ!寝なくても大丈夫ってだけで睡眠欲はあるんだよ!」
「わかったからあんまり大声出さないで下さい」
「塩対応復活してきたなお前!」
「…夜の番は、ちゃんと交代制にして、皆睡眠を取ろうか」
「その方がいいですよ。睡眠は大事です」
話が纏まると、サガとローグ、クラックとセリの二人組で、火起こしのための木の枝を集めた。
双方十分な量を集めて戻ると、クラックはベルトから吊るされていた一本の棒を取り外した。
「その棒、何に使うんだ?両端が、なんか特別な形になってるよな」
サガがそう聞くと、クラックが待ってましたと言わんばかりの笑みを浮かべる。
「これは僕の作った便利アイテム『マルチステッキ』さ。両端に様々な専用のアタッチメントを取り付けることで、色んな用途に使えるんだ。ほら、枝を組んで」
草葉を避けて枝を組むと、クラックはベルトからさらに、先端に赤い石が付いた金具を取り外した。
それをマルチステッキの先端に取り付けると、組まれた枝の隙間に入れた。
「これは魔力を熱に換えてくれる。魔法は使えなくても、魔力を流し込むくらいなら子供にも出来る。ただ、だからこそ安全装置的な機構を追加したいところだけど」
クラックがマルチステッキに魔力を流すと、ものの数秒で煙が上がり、さらに数秒経つと火が着いた。
「おお、もう火が着いた!こりゃ確かに便利だな。火起こしは難しいからな」
「他には、どんなのがあるんですか?前は松明とツルハシを使ってましたよね」
「そうだなぁ…あ、ツルハシを変形させると、火かき棒にできる。あとこれ、電気と冷気を起こせるやつもあるし、地面の固さを測ったりする探針に、この棒自体も合体できて、杖に釣り竿、槍とかもある」
ベルトにまとめて吊り下げてあるアタッチメントを、次々紹介していく。
「種類豊富だな。変形とかもするなんて」
「荷物は減らせるだけ減らして、纏めれるだけ纏めたいんだ。これは探検家の鉄則でもある。さ、ローグさん、ご飯の用意を始めよう」
「おう、何から使うよ?」
ローグは持っていた袋から、町を出る前に屋台で買い込んだ食料を出した。
クラックは鍋とスタンドを出し、サバイバルナイフも取り出す。
「食材、私が切ります。さっきからあまり仕事が無かったので」
「慣れてないと切りづらいから、気をつけてね」
「じゃあ、固い野菜とかはこっちに回してくれ。俺が切るよ」
「あ、じゃあナイフをもう一本───」
「ああ、ナイフは必要ないよ」
予備のナイフを取り出そうとするクラックを、サガは止めた。
「コレがあるからさ」
訝しげな顔のクラックとセリに、サガは見せるようにして人差し指の爪を鋭く変形させた。
「あ、それ、てんやわんやで忘れてたけど、山で追われた時にもやってたやつ!」
「操爪って言って、爪を変形できる、俺の能力なんだ。硬度を上げたりもできるから、この通り」
そう言うとサガは、手に取った燻製肉を軽々削いで見せた。
『おぉ~…』
クラックとセリから感嘆の声が漏れて、サガはこそばゆいような顔をしていた。
切った野菜と燻製肉を煮込んで、あの村で食べたような簡素なスープを作った。
燻製肉はあの時よりも少し多めに入っていて、その分塩味も少し強めだが、一日歩き通した体にはちょうどよかった。
全員にパンも配って、焚き火を囲んで夕食を始める。
『いただきます』
今日の昼から、クラックもいただきますを言うようになっていた。
パンとスープを食べ進めつつ、サガが顔を上げてセリを見た。
「そう言えば、セリさんの話ももう少し聞きたいんだけど、良いかな?」
「え?えぇと…そんなに面白い話とか、立派な話とかは、無いですよ…?」
「あ、じゃあ、巫女の仕事のこととか、聞きたいな。僕もあまり詳しくないからさ」
「巫女に関すること、ですか…それなら」
クラックが出した代案を、セリは了承した。
「えっと、巫女の仕事は、まずお祓いです。霊感───いわゆる幽霊とか、呪いの類いなどの悪いものを感じて、干渉することができる力をそう言うんですけど、それを持つ人たちが巫女になります」
「それって、練習とかで磨けるものなのか?」
「殆ど才能です。神社では霊はどう払うか、呪いはどう解くかを学ぶのみなので。あ、いや、練習で磨くものもありました。土地の声を聞く…と言って、なんとなく伝わるでしょうか?」
「へぇ、そんなことができるのか」
ローグは何やらピンときたようだが、サガとクラックは頭上にハテナが浮かんでいた。
それを見て、セリは追加の説明をする。
「えっと、木々や草花にだって、魂と言うものはあります。それらが発する感情の揺らぎがあって…それを感じとるんです。すると、近くに悪いものがあるとかの、異変のあるなしがわかるんです。例えば今、ここだったら…」
セリは目を閉じて、息を吐いて静かに集中した。
風の、木々の、草花の、大地の息遣いを、全身で感じとる。
ゆっくりと目を開き、顔を上げると、セリは口を開いた。
「焚き火に、ちょっとびっくりしてますね。怖がってはいますけど、好奇心も感じられます。そう悪くは感じていないようです」
焚き火に照らされ、凛とした声色でそう語るセリは神秘的な雰囲気を纏っていて、三人は一瞬見惚れてしまっていた。
「…すごいな。そんな風にわかるものなのか」
「私、お祓いの才能はあんまり無かったけれど、これは結構得意でした」
今度は、セリをじっと見つめていたローグが口を開いた。
「ふーん…だったらそれをとことん磨くと良い。それはお前にしか出来ないことなんだから、それを自信にするんだ。器用貧乏よりも一点特化の方が良い時もあるんだぜ」
「そう…でしょうか。いえ、助言、ありがとうございます」
セリは目線を落として、真剣に何か考え込み始めたようだったので、皆そっとしておいてあげた。




