第10話 一難去って
「えっ…!?」
サガが思わずクラックの方を振り向いた瞬間、踏み出していた右足が空振った。
「うわっ!?」
「きゃぁっ!?」
バランスが崩れ、倒れ込みかけたところで、ようやく地に足がつき、体勢を立て直せた。
「気を付けろ!この辺りは破壊現象のせいで酷い地形なんだ!」
木々が月光を遮っているので視界が悪く、目視ではあまり良くわからないが、踏み出す足の感覚からして、地面がかなり抉れているようだった。
「その、原因がそこにあるって根拠は?」
足元を一層気を付けて走りつつ、クラックに問いかける。
「この破壊現象、山頂を中心に、山頂に近づくほどよく見られるんだ。この通り地形も悪いし、逃げるには向かない!それに別の問題も…」
クラックの目線は、自身の左で、サガに手首を掴まれながら並走しているセリに向けられていた。
サガもクラックの目線を追って見てみれば、かなり息切れしていた。
「確かに地形も悪いし、これ以上は走らせられないか…でも追い払うにしても、撒くにしても、方向転換するにしても、方法が無い!」
今こうしている間も、黒装束に追い立てられるように山頂に近付いており、それに伴って段々と地形の悪さも悪化してきていた。
しかし同時に光量が増してきたと思い、周囲を見てみれば、木々も所々抉られていた。
「クラックさん、だったよな。俺の肩とかに掴まって走れるか?セリさんは俺が抱えて走る」
「この際もう大丈夫かとか聞かないぞ。了解した。セリさんも良いね?」
「はい…もう…限界で…!」
サガは少し腕を曲げて、二人を自分の近くに引き寄せる。
クラックは右手をサガの右肩へ伸ばし、がっしりと掴む。
サガはクラックの手を離し、クラックはサッと左手もサガの左肩に乗せた。
片腕が空いたサガは、息も絶え絶えなセリを、転ばない程度にぐっと引き寄せた。
左手で掴んでいたのセリの手首を離した瞬間、すかさず左手をセリの背中、右手を膝の裏の辺りへ伸ばし、持ち上げて前に抱えた。
体の前後に負荷がかかって走りづらかったが、気合いで速度を落とさないよう走り続ける。
「しかしどうする!このまま山頂を突っ切るか!?一応最終手段もあるが…」
「そうしたいところだけど、問題は山頂にあるものだ!前に走り続けるしかない以上仕方無いけど、最悪それとアイツらとで挟み撃ちに───」
瞬間、サガはとても荒々しい、しかし馴染みのある気配を唐突に感じた。
(まさか───!?)
「横に飛べ!!!」
咄嗟にサガは左に飛び、クラックもそれに倣って飛んだ次の瞬間、三人の横の地面が抉れた。
左側はいつの間にか段差になっており、三人は二メートルほど落下した。
「うっ!」
「ガハッ!?」
「だ、大丈夫ですか!?すぐ退きます!」
クラックはバッグが緩衝材となったが、セリを抱いていたサガは、背中からモロに地面に激突した。
辺りの地面はより酷く抉れており、木々も全て倒れ、開けた空間が広がっていた。
サガは慌てて起き上がったが、段差の上には既に黒装束が一人立っており、前方にももう一人が立ち塞がっていた。
しかし、左から仄かに先程の気配を感じ、咄嗟に目線をそちらに向けると、地面にできた窪みから、紫色の、拳大の宝石が少しだけ覗いていた。
クラックとセリ、黒装束もサガの目線を追って、それを発見する。
自ら光っているかのように輝かしく、その光もまた神秘的で、そこらの宝石などとは明らかに何かが違うと、見るものに思わせた。
「あれは…宝石…なんでしょうか…?」
「あんな宝石見たことが...少し割れてる?」
「あれ…まさか…」
サガは一人、その宝石から目が離せなくなっていた。
かつて、サガはゼルから聞き及んでいた。
神々が、本当の緊急時に使う自己防衛の手段について。
「体を、結晶に?」
「そうだ。俺ら神の体は肉ではなく、高密度のエネルギーによって構成されている。それを分解、再構築し、結晶となる。エネルギーの半分以上を用いて外殻を固め、その中に残りのエネルギーを全て閉じ込めて、難が過ぎるのを待つ。例えるならば、亀が甲羅に閉じ籠るように。まあ実際に使ったことは誰もないし、今後もよっぽど無いだろうがな」
(そのよっぽどが、今起きているんだとしたら、アレは───)
そんなサガの思考は、その結晶に向かって飛び出した一人の黒装束によって断ち切られた。
(アイツらまさかアレが目的!?)
サガも咄嗟に後を追って駆け出す。
しかし、さっきまでの逃走でわかった通り、両者の速度は同等だったのだ。
黒装束が先にその結晶を手に取り、そのまま木々が繁る方へ逃げようとする。
サガは心臓が大きく脈打ち、頭が真っ白になっていった。
しかし反射的に一言だけ、自身でさえ驚いたほどの大声が飛び出た。
「ローグさん!!!」
その瞬間、その声に呼応するかのように、結晶から荒ぶる力の奔流が溢れ出した。
結晶を持っていた黒装束をズタズタにし、もう一人を吹き飛ばし、いつの間にか追い付き、無防備なクラックとセリを狙っていた二人をも吹き飛ばし、ようやく流れは止んだ。
その様子を唖然として見ていたサガはハッと我に返り、黒装束の手を離れて落下中の結晶を掴み、クラックとセリの元へ戻った。
三十秒近く周囲を警戒していたが、どうやら黒装束どもはいなくなったようだった。
「いなくなった…みたいだな」
「さっきのあれをモロに受けたんだ。相当な傷になってるぞ」
「あの、その宝石?は、一体何なんですか?」
「あぁ…これは、えっと───え?」
セリに尋ねられて、サガの視線は自然に結晶を持つ手に流れていった。
すると目に飛び込んできた結晶は、全体にヒビが入り、そこから淡い光が漏れだし続け、今にも砕け散りそうになっていた。




