第5話 領民は、私を信じなかった
領民集会は、広場で行われた。
かつては市が立ち、祭りが開かれていたという場所だが、今は人もまばらで、地面には踏み固められた土しか残っていない。
それでも、噂は早かった。
倉庫の視察。
食糧不足。
新しい領主が、何かを隠していないらしい――。
集まった人々の顔に、期待はない。
あるのは警戒と、諦めと、わずかな怒りだけだ。
私は簡易な壇上に立ち、周囲を見渡した。
農民。
商人。
兵士の家族。
年老いた者も、若い者もいる。
だが、誰一人として私を“領主”として見ていない。
「……時間を取らせてしまって、ごめんなさい」
私は、まずそう切り出した。
ざわり、と小さなざわめきが起こる。
丁寧すぎる言葉遣いが、かえって不信を招いたのかもしれない。
「単刀直入に言います」
私は、用意してきた板を示した。
そこには、簡単な数字が書かれている。
「現在の備蓄では、この領地は二ヶ月も持ちません」
一瞬の沈黙。
次の瞬間、怒号が上がった。
「嘘だ!」
「今まで足りてるって言ってただろ!」
「また貴族の脅しか!」
私は、声を張り上げなかった。
「今までの説明が、嘘だったのです」
その言葉に、さらに空気が荒れる。
「じゃあ今まで何を食ってたんだ!」
「責任者を出せ!」
矛先は、私に向いた。
当然だ。
彼らにとって、私は“今の権力者”なのだから。
「私が来る前のことも含めて、責任は取ります」
そう言った瞬間、誰かが笑った。
「取れるわけないだろ!」
「どうせ口だけだ!」
私は、板の数字を指した。
「これが現実です。美しい話ではありません」
だが――数字は、感情を慰めない。
怒りは収まらず、むしろ膨らんでいく。
「ならどうする!」
「税を上げるのか!」
「兵に奪わせる気か!」
その声に、私ははっきりと首を振った。
「いいえ」
それだけは、断言できた。
「税は上げません。強制徴収もしません」
ざわめきが、今度は戸惑いに変わる。
「……信じろってのか?」
一人の男が前に出た。
農民だ。顔には、長年の疲れが刻まれている。
「今まで、何度も同じことを聞いた。結果はいつも同じだ」
私は、彼をまっすぐ見た。
「だから、信じなくていいです」
その言葉に、周囲が静まった。
「今日ここに来たのは、信用を得るためではありません」
私は続ける。
「事実を伝えるためです。信じるかどうかは、あなたたちが決めてください」
ざわめきが、再び起こる。
だが、先ほどとは違う。
「……じゃあ、何をする気だ」
別の声が飛んだ。
「明日から、倉庫の出入りを公開します」
「何?」
「誰でも見られるようにします。数字も、実物も」
人々の間に、困惑が走る。
「誤魔化しはしません。だから、奇跡も起こりません」
私は、最後にそう言った。
「二ヶ月後に、どうなっているか。それを見てから判断してください」
沈黙。
拍手は起こらない。
喝采もない。
あるのは、重たい空気だけだ。
集会が終わり、人々はばらばらに散っていった。
誰も、「分かった」とは言わなかった。
マルクスが、隣で小さく息を吐いた。
「……厳しいですね」
「ええ」
私は正直に答えた。
信じてもらえなかった。
だが、それでいい。
信頼は、言葉で得るものじゃない。
行動でしか、積み上がらない。
夕暮れの広場には、もう人はいない。
風だけが、土埃を巻き上げていた。
「……始まったわね」
これは、交渉ではない。
説得でもない。
**証明の時間**だ。
私は、数字と現実を突き合わせ続ける。
信じるかどうかは――最後まで、彼らに委ねたまま。




