表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
追放された悪役令嬢、赤字辺境領を押し付けられたので帳簿から立て直します  作者: 水城ルナ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

4/39

第4話 倉庫には、数字にならない現実があった

 倉庫は、城下町の外れにあった。


 石造りの建物は大きく、壁も厚い。

 かつては、この領地が十分な備蓄を誇っていた名残なのだろう。


 だが、扉を開けた瞬間に分かった。


「……臭うわね」


 湿気と、穀物が傷みかけた独特の匂い。

 腐敗まではいかないが、確実に“良くない状態”だ。


 同行しているのは、マルクスと兵士が二人。

 倉庫番の男は、落ち着かない様子で何度も視線を彷徨わせていた。


「現在の在庫は、帳簿ではどうなっているの?」


「は、はい……こちらに……」


 差し出された簡易帳簿を、私は受け取る。


 穀物。

 干し肉。

 塩。


 数字だけ見れば、半年は耐えられる量だ。


 だが――


「……扉を、全部開けて」


「え?」


「全部。隠す必要はないわ」


 倉庫番は一瞬ためらったが、兵士に促されて鍵を回した。


 中は、がらんとしていた。


 いや、正確には――“空ではない”。


 だが、十分でもない。


 袋の数を、目で追う。

 積み方も雑で、奥の方には破れた袋がそのまま放置されている。


 私は一つの袋を指で押した。


「……軽い」


 中身は、帳簿に書かれている量より明らかに少なかった。


「これで、半年?」


 倉庫番が青ざめた。


「い、いえ……実際には……その……」


 マルクスが低い声で言う。


「正直に答えろ」


「……二ヶ月、もたないかと……」


 静寂が落ちた。


 二ヶ月。

 春先とはいえ、次の収穫までには足りない。


「出庫記録は?」


「……こちらです」


 私は、帳簿と実物を照らし合わせる。


 やはり合わない。

 出したことになっている分が、どこにもない。


「横流し?」


 倉庫番は、首を振った。


「い、いえ……あの……」


「盗まれた?」


「……誰が、というのでは……」


 彼は、震える声で続けた。


「……上から、“帳簿を合わせろ”と……」


 私は、深く息を吸った。


 怒りは、湧かなかった。

 代わりに、冷たい理解が胸に広がる。


 ――やはり、構造だ。


 一人が悪いのではない。

 嘘をつかなければ生き残れない仕組みが、ここにはあった。


「この状態で、領民にはどう説明していたの?」


「……問題ない、と……」


「食糧は足りている、と?」


「……はい」


 私は、倉庫の奥に目を向けた。


 薄暗い中、積まれた袋の影が、不格好に伸びている。


 これが、数字の正体だ。

 紙の上では満ちていて、現実では欠けている。


「……明日、領民を集めて」


 マルクスが驚いたようにこちらを見る。


「今、ですか?」


「ええ。隠しても意味がない」


 倉庫番が顔を上げた。


「で、ですが……暴動が……」


「起きるとしたら、それは“今まで”の嘘のせいよ」


 私は、はっきりと言った。


「本当の数字を見せる。良い話じゃなくていい」


 倉庫の中で、誰もが黙った。


「……私は奇跡を約束しない」


 だが、逃げもしない。


「ただ、生き残るために必要なことをするだけ」


 倉庫の外に出ると、冷たい風が頬を打った。

 遠くに、城下町の屋根が見える。


 あの中で、人は暮らしている。

 帳簿とは関係なく、腹を空かせながら。


「……これが、現実ね」


 数字は嘘をつく。

 だが、現実はもっと残酷だ。


 それでも私は、目を逸らさない。


 ここから先は――

 **嘘をやめるところから、始める。**


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ