第37話 中立の終わり
派閥の名は、丁寧な言葉に包まれていた。
『協力関係の構築についての打診』
王都の上級貴族――ヴァルテンベルク侯爵家。
これまで、直接関わってこなかった名だ。
「……来ましたね」
マルクスの声は低い。
「ええ」
私は、書簡を閉じる。
内容は単純だ。
“中立的立場を評価している”
“今後の安定のため、後ろ盾となりたい”
その代わり。
“王都政策への協力を期待する”
守る代わりに、縛る。
典型的だ。
午後、侯爵家の使者が来た。
礼儀正しく、穏やかだ。
「あなたの影響力は、既に無視できません」
彼はそう言った。
「ならば、正しく位置付けるべきです」
「位置付け?」
「どの側に立つかを」
私は、静かに問い返す。
「立たなければ?」
使者は、微笑んだ。
「孤立します」
脅しではない。
現実だ。
会談後、ハインリヒが現れた。
「受けるな」
珍しく、即断だった。
「理由は?」
「守られる代わりに、使われる」
彼は、机を軽く叩く。
「君のやり方は、侯爵家にとって都合がいい」
「どういう意味ですか」
「責任を分散できる」
私は、理解した。
中立の顔をしたまま、
実質は派閥の延長になる。
「……断れば?」
「敵になる」
ハインリヒは、はっきり言った。
沈黙が落ちる。
ミーナが、恐る恐る口を開いた。
「……どちらも、怖いですね」
「ええ」
私は、頷いた。
安全か。
孤立か。
その夜、一人で帳簿を見つめる。
ここまで来たのは、中立を保ったからだ。
だが。
守られない中立は、
ただの標的だ。
私は、ペンを置く。
「……終わりね」
何が?
中立が。
どちらに立つかではない。
立たない、という選択が終わる。
翌朝、返書を書く。
『協力はいたしません』
短く、明確に。
ミーナが、息を呑む。
「……本当に?」
「ええ」
私は、封蝋を押す。
「守られない代わりに、縛られない」
それが、私の選択だ。
使者が去った後、空気が変わった。
静かだが、緊張している。
ハインリヒが、低く言う。
「敵が増えるぞ」
「承知しています」
私は、頷いた。
「でも」
窓の外を見る。
「誰の顔も借りずに立てる」
それが、唯一の強みだ。
中立は、終わった。
だが。
まだ、立場は持っていない。
次に必要なのは――
孤立しない形だ。
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